表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

第九章「本音」

「あ……。」

声がうまく出ない。先程、車の中で見た夢と全く変わらなかった。ただ、夢の中はどこかの海辺だったが。

「由紀…………」

必死で声を絞り出した。

彼女がゆっくりと振り返る。

時刻は、4時を廻っていた。

沈み始めた夕焼けが彼女を照らしている。

静寂。

まるで誰もいないような。

いや、うるさい筈だった。

観光客の声と、波の音で。

しかし、耳に入ってこない。

「……!」

彼女は僕が唐突に現れたことで、目が驚愕に見開かれている。

「由紀……」

のばしかけた手が、行き場をなくした。由紀が走り出したからだ。

いや、逃げ出したと言ったほうが正しいか…。

「まって!!」

行き場がなくなった手に力が入り、思わず腕を掴んだ。

が、振り払われた。

「由紀!!」

追いかけた。

由紀は、ワンピースを着ている。

走りやすいとは言えないだろう。

それも、歩きやすい道ではなく、雑然と広がる密林のなかだ。

すぐに追いつき、もう一度腕を掴んだ。今度は、先程より強く…。

彼女が、僕を睨んだ。

あの時の目だった。

「……なんで?」

由紀が胸に染み渡る声で呟いた。

「え…?」

一瞬、時が止まったように感じた。

「なんで来たの?」

彼女は、明らかに、怒っている。

声が、それを語っていた。

ただ、憎しみのそれとは違ったが。

「…逢いたかったから。雪に。」

何も考えなかった。口から口を紡ぐように言葉がついて出た。

彼女の顔が霞む。

目尻が熱くなった。

「……バカ」

彼女は泣き崩れた。嬉し泣きなのか、悲しくて泣いているのかは、解らない…。ただ、僕を拒絶している訳ではない。

そんな気がした。

「諦めてたのに。忘れようとしたのに…。なのに、どうして…。」

彼女の小さな唇が、本当に小さく開いた。

彼女の声は嬉しさに震えている…。

そう感じた。

「…………」

僕は黙って、彼女を抱きしめた。

数人の観光客が、遠目で、こちらを見てるだろう。ただ、気にならなかった。

彼女の嗚咽が、一層酷くなった。

僕は、ただただ、彼女を抱きしめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ