第七章「しらゆりの塔」
車は30分ほどエンジンを唸らせ、しらゆりの塔に着いた。
駐車場から、しらゆりの塔までは、そう遠くなかった。
「………………」
神聖さと、どこか淋しさを香らせる…
ここに着いて、最初に思ったことだ。
そうゆう風に思ったのは…
そう…
しらゆりの塔は、喧騒に包まれながらも、決して表情を変えなかったからかもしれない。
何個もの防空壕の穴。そして、それを見守るかのように作られた慰霊碑。
すごく…怖い。
戦時中の人々が、必死で逃げまどっていた跡地。
正紀も、はしゃいでいなかった。
悲しそうに、眉をひそめながら、防空壕の穴を見つめていた。
寒い。ここだけは。雨が降っているせいかもしれない。
だが、他の世界から隔絶された場所、それがしらゆりの塔だった。
「なぁ…優太」
突然、正紀が話しかけてきた。
「なんだよ?」
慰霊碑を見ていた優太が振り返る。
「……俺の曾祖母ちゃんてさ、ここで死んだんだって。」
少し、悲しそうな顔をして、正紀は防空壕の穴を見つめながら言った。
「そうなんだ……」
僕も彼と共に穴を見つめ、顔をうつむけた。
「曾祖父ちゃんは曾祖母ちゃんを守ろうとしたらしいけど、逃げたんだとよ。先を考えたら怖くなったらしい」
「……………」
「情けない話だよな…。」
僕は黙って首を振った。
「でもよ…ずっと、曾祖父ちゃんは後悔してた。あのとき逃げなきゃ良かったって」
「…………」
「…だからよ、おまえだけは後悔しないで欲しいんだ。逃げないで欲しい。おまえの初恋の人だろ?追いかけろよ…。」
言葉が出なかった。いや、言葉は出さない方がいい…
正紀が、こんな風に無表情で何かを言ったのは初めてだった。
思わず、胸が熱くなった。
「…追いかけろよ。」
もう一度、正紀は繰り返した。
テープのように。
「あぁ…」
僕は言った。
正紀は、頑張れよと言うように親指を立て、薄く微笑んだ。そして再び、穴に吸い込まれていく。
僕はその場から離れ、ひめゆりの塔を見回した。
目の前には慰霊碑。そして、慰霊碑の左側に平和記念館があった。
ガイドや観光客がひしめくなか、僕は必死で探した。
慰霊碑の広場…
平和記念館内…
どこを探してもいなかった。
「なんでだよ…」
僕はそんな言葉と共に、深い溜め息をついた。
ただ、絶望は追いかけてこなかった。
追いかけているのは、僕だから。
《迷うな》
僕のなかでこれは、この決意は確立していた。
迷わないんだ…。
言葉が反響した。