第五章「首里山城にて」
正紀の車は、シルバーの大型のワゴンだった。
ずっと停めてるらしい。
料金とか大丈夫なのか…?
ふと僕は思った。
そんな考えはお構いなしに、正紀は、
「乗れよ」
と手を招いている。
無言で僕は助手席に乗り込んだ。
エンジンがかかる。車が心地よい振動を出した。
その心地よさとは裏腹に、正紀の運転は、まるで猪のようだ。
「うわっ!」
僕がかるく悲鳴をあげると、正紀は、
「悪い悪い」
と言った。
ほんとに悪いと思ってるのか?
心の中で、僕は正紀を睨みつけた。
なんとなく、先行きが不安になる。
「とりあえず、首里山城に向かってもらえる?」
僕は言った。
「あぁ、OK!」
正紀は上機嫌だ。
呑気に鼻歌を歌っている。
ワゴンは、エンジン音を上げて、立体駐車場を後にした。
「着いたぁ…」
首里山城は、壮観だった。朱に染まった豪華な装飾が施された正面玄関。焦げ茶色の静かに佇む屋根。コの字型の立派な建物だった。ただ、ここまで歩く道がかなり長い。
駐車場から少し歩くと、緩やかな坂道が連続し、途中で守礼の門をはさんだ長い道のり。
高齢者の人はキツいだろうなぁ、と優太は心の中で思った。ただ、あいつは違う。
ガキみたいに駆けずり回って、ガキみたいに喜んでいた。
「ほら!みろよ!首里山城だぜぇ!」
他の観光客がじろじろ見ている。
多分、自分の顔を見ないと解らないが、かなり赤くなっていることだろう。
正紀は、散々はしゃいだ後、疲れたのか殆ど喋らなかった。兎に角、由紀を探そう。観光をしている暇はなかった。
片っ端から探した。間違いなく隅から隅まで探したつもりだ。
でも…見つからなかった。
ここには居なかった。
「はぁ…」
僕は、深いため息をついた。
急に腹が暴れ出す。
「なにしけた顔してんだよ」
正紀が何気なくベンチの隣りに座ってきた。
「…腹減った。」
僕はぼけっと首里山城を見上げながらぼやいた。
「腹減った?じゃあ、食いに行くか。近くの飯屋にでも。」
そう言って正紀が立ち上がった。
正紀に倣い、僕も立ち上がる。
こうして、僕達は首里山城を後にした。
ただ、あのときは気付かなかっただけだ。
彼女と同じ、空の色に溶けそうな白のワンピースと、彼女と同じ、黒い長髪の人が居たことに。
その人とすれ違ったことに。
優太は、ふと腕時計を見た。時刻は、11時を刻んでいた。