第十五話
「なつ・・・ッッッ!!」
恐怖感が一瞬吹っ飛ぶ。
けれど恐怖感はまた元の位置に戻ってきた。
「ヒヒヒ。やっときたか、黒ネコ。」
不良があたしの首にナイフを突きつけていた。
「舞に関係ねぇっつってんだろ。さっさと離せよ!!」
「嫌、それがね。舞ちゃんはなしてあげるから御前こっちに来て。
はむかう気ならいつでも舞ちゃん殺すけどね。」
「・・・」
棗がスタスタとこっちへ来る。
「ニヒヒ、大人しいねぇ。そのまま死んでもらえる??」
「・・・」
「やっ、棗、死なないで!!お願い!!」
「黙れこの小娘が!!」
不良が怒鳴る。
生きてもらいたい、
愛しい人には生きてもらいたい
もう馬鹿な話なんて良い。
一緒に居れなくても・・・
棗は生きてほしい。
それが・・・
あたしの願い。
不良が立ち上がった。
棗は一歩後ずさりをする。
「まぁ逃げるなって。自殺できる??」
「無理」
「は?御前舞はどうなっても良いわけ??」
「舞、立てる?」
不良なんてどうでもいいようにあたしに話しかける。
「う・・・えっと・・・縛られてて・・・」
あたしの発言に不良が怒る。
あぁ、言わなければ良かった。叩かれるかな??
不良の足が高く上がる。
ガスンッッ
足が地面につく。
でもあたしは何も痛みを感じない。
気が付くと縛っていたはずの紐がほどけている。
だから本能的に避けていたのだ。
棗の手にはナイフが握られている。
「危ね。」
あたしは恐怖感と安心感の両方混じった大きな溜め息をつく。
「この野郎ッッッ!!!ブッ殺してやる!!」
不良が立ち上がる。
手には何センチあるだろうかというくらいの大きなナイフ。
月光でキラリと怪しげな光を放つ。
ヒュッという音と共にナイフが振り落とされる。
それを綺麗にかわした棗が口を開く。
「さっさと舞を離せって。それからだ、俺が死ぬのは」
「逃げるだろ、どうせ」
「逃げねぇよ。」
「まぁ逃げても捕まえるがな」
不良が怯えて震えているあたしを横目で見る。
「行け」
「舞、家でまってろ」
「え?」
「良いから。」
「御前は死ぬんだよ??棗ちゃん」
「嫌だ!!あたしが死ぬ!!!棗は生きてよ!!!」
棗が切なそうに左を向く。
そして棗が口を開いた。
はっきりとした声で
そしてこっちを向いて
しっかりあたしの目を見つめて
一言、
「好きな奴殺されて俺が生き延びるのかよ」
と。
涙がどっと溢れた。
拭っても拭っても・・・
棗に対する涙は止まらなかった。
棗が早く行けと怒鳴る。
何でだろう。
あたし馬鹿だからかな
嫌、棗みたいに強くないし、弱虫だから
立って
逃げちゃったのかな。
でもさぁ、怖いんだって。
棗はさぁ、怖くないの??
死ぬかもしれないんだよ??
こんな終わり方嫌だよ
『好きな奴殺されて俺が生き延びるのかよ』
って、あたしも同じなんだよ。
あたしも同じなんだってば。
だからさぁ
でも怖くて
逃げちゃったんだね。
気づくと棗の家についていて
[なんて馬鹿なんだろう]
[なんて酷いんだろう]
って悩んだ。
でも足が動かなくて
棗ごめんね、って何度も謝っていた。
時計はもうAM1:00と記していて
外は真っ暗で
行く勇気がなくて、死んだらどうしようって
棗が死ぬなんてあり得ない。
そう言い聞かせていた。
両手を絡ませて
何度も怒鳴られたことを思い出して
行っちゃだめなんだよ、行ったら棗困るもん
って考えた。
この考え方は間違いだってわかっていた。
でもね、マジ怖いんだって
PM2:00.
ドアが開く音がした。
あたしは急いで玄関に行くと
棗が立っていた。
「巻き込んでゴメンな」
もうカラカラになったはずのあたしの涙が
まだ出るの??と思ってしまうほど
どっとまた溢れてきた。
「ゴメンね、ゴメン。よかった、無事で・・・ゴメン」
暗くてよく見えない表情の棗。
それでも綺麗だった。
棗が体をあまり揺らさないで靴を脱ぐ。
ちょっと違和感を持ちながらでも泣き声をあげて謝り続ける。
声が枯れるくらい・・・それでも足りないんだ、自分を満足させたい。
って思ってとにかく謝り続けた。
棗が自分の部屋に行く。
「舞・・・来てくれない??」
あたしは「うん、うん」と言いながら溢れ続ける涙を拭って
棗の部屋に入る。
月光で棗の綺麗な顔が照らされた。
不意に目線が棗の腹にいった。
―ん??
そこは黒く、月光で液状のようなドス黒いものがあった。
それは床へと滴り落ちて、廊下にも続いていた。
「な・・・つめ??」
棗は無表情のまま、あたしをじっと見つめていた。
「大丈夫」
怪我してるの??あたしのせいで・・・
涙が溢れる。
途端、棗が咳き込み始める。
棗、大丈夫?!と問いかけても苦しそうに咳をしている。
そしてあのドス黒い液体を口から吐き出す。
さすがに耐え切れなくなったのか、しゃがんで
傷口を手でギュッと掴んで
咳が止まっても
肩で息をしていた。
「棗っ、棗!!」
「舞・・・」
あたしもかかさず、しゃがみ込む。
棗は背後のベットに寄りかかり、足を伸ばす。
「お願いがあんの。」
「うん、何個でも叶えてあげるから、何でも言って・・・」
「・・・ずっと笑ってて」
あたしは棗がもう駄目なんだって思い始めていた。
ちょっと前の出来事があって
出血の量が多くて心配だった
それで笑顔がちょっと変だって事に棗は気づいていたのかな
「・・・わかったよ」
棗の肩は上下に動き、血生臭い部屋の匂いが鼻につく。
棗が倒れる。
ゲホッゲホッとまた咳き込み始める。
海老のようにうずくまって、腹を押さえる。
「棗、棗ぇぇぇっ・・・」
ごめんね、ごめんとまた謝り続けるあたしに棗は
「俺は御前を守りたかっただけだから御前は悪くない」
そう呟いて
動いたらもっと出血するだろうと
容易に分かるのに
仰向けに寝て
「愛してるよ」
と、はっきりとした声で呟く。
そして
棗が
微笑んだ。
あたしはその微笑みを目に焼き付けようと必死で
そんな必死のあたしの頭を
棗の震えている手を
あたしの頭に載せて
グッと引っ張って
棗とあたしの顔が近くなって・・・
口の中に血の味が広まった―
――最初で最後の口付けが棗で良かったよ
フと気づくと棗の手はもう頭の上になくて
棗の目からは
血ではない、透明で綺麗な液体が
一筋、流れ落ちた。