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蒼の森の魔女

この異世界で産業革命王になる!

これは夢だ。

エレオノーラは目の前の光景をそう断定した。

過去の記憶が流れていく。




「―――、距離置かない?」


昔の自分の名前を呼ぶ男。

「どうして?他人に何言われたっていいじゃない」

「でも、やっぱりさぁ。―――のためにも距離おいたほうがいいって」


ひとの評価に左右される男だった。

頼りない性格だった。

けれど憎めなくて、優しくて、惹かれた。

私が守ってあげる!と気合を入れてさえいた。

「だから、もう―――はわからないかなぁ。別れよう」

「・・・え」


2、3年の付き合いではなかった。

もっと長く付き合っていけると思っていた。

実際はこの時に終わった。


過去の私はこの男が仕事の辛さに転職したいと泣き言をもらすたびに慰め、「私が稼ぐから大丈夫よ」とますますビジネスに身を入れた。

私だって辛かった。

男ばかりの職場で乱暴なことをされた。

それでも給料はよかったから、きっと彼がもし転職して手取りのお金が少なくなっても、養っていけると考えていた。


バカだった。




エレオノーラはぱかりと目を開いた。

目の前に朝日に照らされた超美少年がいた。

「おはよう、奥さん」

「・・・おはよ。キール」

朝一番の恒例となった、目覚めのキス。

キールのほうがいつも早く起きているので、エレオノーラはいつも寝顔を見られた恥ずかしさと戦いながら口づける。


ふたりしてベッドの中で抱き合って、朝ごはんができたってメイドさんが呼びに来るまでごろごろする。

まったりしたこの時間が好きだ。

「エル、悪い夢でも見たの?寝顔の眉間にしわが寄ってた」


ぼうっとしていたエレオノーラはキールから尋ねられて、にぶい頭の中から夢の記憶を呼び覚ます。

そうだ・・・元カレにフラれた夢だわ。

最低な理由で今までのことを、すべてなかったことにされた過去の恋愛。

馬鹿な私。


エレオノーラはへらりと笑ってごまかすことにした。

「しわとか言っちゃダメダメよぉ」

「エル」


一言で撃沈しました。

この敵・・・手ごわいっ!

威圧感はんぱない!


エレオノーラは屈してなるものかとキールを見上げて・・・その見事な緑の瞳につかまった。

「話してくれるよね」

「ハイ、ソウデスネ」

「片言だけど、まあ許すよ」

「ハイ、アリガトウゴザイマス」


朝食後、エレオノーラはしぶしぶ夢の内容をキールに話した。

話が進むにつれて、みるみるキールから怒気が発せられていく。

助けを求めようと背後を振り返ると、ずらりと壁際に並んでいたメイドさんたちが1人もいなかった。

それどころかギルベールの姿までない・・・だと・・・。

詰んだ。


戦々恐々としながら国家最高権力者で、ヤンデレで、旦那なキールの出方をうかがう。




クレセント王国とグランティオス帝国の戦争終結から100年ほどすぎた。

ようやくあらたな国家、モナド皇国が世界に認められるようになったところである。

やれやれ、これで安心だと一息ついていた公爵一家は己の立ち位置を正確に把握していなかった。

国家を奇跡的に立て直したキール公爵や、画期的な方法とすばらしい魔法で戦況をひっくりかえした公爵夫人エレオノーラ。

そしていずれも天才と名高い彼らの子どもたち。

国の重鎮たちは金の卵を逃がさなかった。

エレオノーラたちが余裕ぶっこいてる間に、あれよあれよと外堀から埋まっていって。

年頃になると長女は皇帝の妃に。

長男は宰相に。

次男は近衛騎士団団長に。

すべての子らが中枢に組み込まれてしまった。


こうなるとエレオノーラたちが何もしないわけにはいかない。

我が子の安全安心な愛ある生活のため、それぞれが動き出した。


グランティオスを飲みこんで、もとになったクレセントさえ基盤にして大陸の半分を実質支配下に置いているモナド皇国。

影響力は計り知れないと、諸外国に警戒されているという。

エレオノーラはちょちょいっと調べて、そんなビクビクしている王のところに直接転移で乗り込んで直々にお話合いをした。

ええ、お話合い。

正座10時間でゆっくりねっちょり丁寧に話せばわかってもらえました。

話し合いってすてき!


キールは騎士団の顧問の座に己をねじりこんだ。

そして戦争の前線で戦った技を生かして、徹底的に鍛え上げた。

キールの見た目を「かわいい」とか「優男」と言ったものから順に・・・打つべし。打つべし。斬るべし、斬るべし。蹴るべし、蹴るべし。投げるべし、投げるべし。

あとには死屍累々だけが残った。

父親の強さを知っている次男は、俺騎士団長でよかった・・・。模擬戦とか訓練とかなくてよかった・・・と、遠い目をした。


ギルベールは後宮に入れないので、妃となった長女を庭園へ誘った。

優雅にふたりでお茶を楽しんでいるように見えるが、話の内容は苛烈極まりない。

ギルベールは、キールとエレオノーラに頼まれて3人の子どもの教育係をしていた当時から容赦なくしごいてきた。

どこででも生きていけるように、一般常識から研究者レベルの高等学。それを帝王学とすりあわせて完全に使いこなせるようにした。

さらに兵法を実践的に叩き込んで、身ひとつでやっていけるくらい鍛えた。

けれどまだ足りない。

後宮でのふるまい方を伝授していない!

ギルベールは教育の火を背負って、新米妃のために再度教鞭をとった。




それからもいろいろあったけど落ち着いた。

そんな一応平和な昼下がり。

なぜに夢の話で夫に責められなきゃならんのだ。

解せぬ。

「それは夢じゃなくて、エルの過去に実際あったことだからだよ」

「ちょ!?なん・・・だと・・・。心を読まれた!?いつの間にそんな芸当できるようになったの」

「つい最近。・・・うそだよ。顔に出てた」


エレオノーラは顔を手で覆ったが、もはや遅いだろう。

「それであんなに苦しそうに寝てたんだ・・・」

「ま、まあ。ほら。終わったことだし!大事なのは今って言うじゃない」

「そうだよ、私のほうがエルを大事にするし、愛している。」

「ありがと、ほんと愛されてるわぁ。私もよ。・・・だから働くことにしました。許可ください公爵様」


ぽかーんとキールの口が開いた。

エレオノーラはくすくすと笑いながら、キールの金髪を撫でる。

「ほら、さっきの夢でさ。過去の私ってば男のために稼ごうとしてたじゃない?それが今だと反対に養われてるわけよ。公爵パネェっすわぁ」

「エルは養われるのが嫌なのか?」

「嫌よ。どちらかに寄りかかるんじゃなくて、お互いに寄りかかっても大丈夫な関係がいいの。もう二度と同じ過ちは犯さないわ。・・・というわけでぇ」


エレオノーラはどこからか三角錐の形をした鈍色の物体を取り出した。

「こんなときこそ四次元○ケット~!機能はこの世界用にカスタマイズ済み!よっし。準備万端!」

「え、エル。それ、なに・・・?」

「拡声器。声が遠くまで届くようになる機械を錬金術で作ってみたのよ。そんでぇ、ここに風の魔法で声の振動数を遠くまで飛ばすように設定してぇ・・・ふふふ」




その日の午後。

皇都全体に大音響で公爵夫人の宣言が流れた。

「あー、てすてす。・・・私はぁああああああああ!!このディスムーン世界のおおおおおおおおおおおおおおお!産業革命王になるううううううううううううううう!!!発明王きたあああああああああああああああああああああああ!!!」




それから50年ほどかけて、エレオノーラは錬金術を駆使して産業界にテコ入れをした。

時計。

扇風機。

白熱電球。

ミシン。

洗濯機。

元の世界の機械を参考に錬成していった。

それらの作品は職人の手ではなく、錬金術師に造り出されたということで区別をつけるために魔導具と呼ばれるようになった。

急速に人々の暮らしは豊かになり、魔導具は普及浸透していった。


まさに宣言通り、産業革命を起こしたのである。

ちなみにちゃっかり子どもたちに言って、著作権法を作らせるのも忘れていない。

使用料がっぽりいただきます。




エレオノーラは公爵家の自室で、新しい構想を練っていた。

子どもたちが最近、皇都に魔法を学ぶための学校を建てたいのだけど、どういう方向がいいのかと悩んでいるらしいことは聞いている。

ギルベールに頼んでみたら、そのあたりの情報などちょちょいのちょいで集まった。

「魔法学校かぁ・・・。例のあの人が出てくる児童書みたいねぇ。でもどうせなら錬金術も学べるようにしてほしいなぁ。・・・ねじこみましょう」


不穏な台詞をあっさり言ったエレオノーラは王城に転移して、直接子どもたちにエレオノーラ式のお話合いをした。

二つ返事でうなずいてくれて、母はとてもうれしいわ。かわいい子たち。

顔色が悪いのは気のせいねぇ?




エレオノーラはやっと一息ついた仕事に伸びをした。

「女の恋愛なんて、ゲームのセーブデータをデリートするときくらいバッサリ!キッパリ!サッパリ!なくなるもんよ。そして肥やしになるの。ま、あんなんでもいい肥やしだったわ。異世界で産業革命してやろうって気にさせる程度の役には立ったんだから、充分よねぇ」


からからとエレオノーラは笑う。

違う環境と長い時間と新しい出会いと恋愛は、過去の失恋を凌駕してあまりある幸せをくれた。

「さようなら、二度と会わない人。そして二度と思い出すこともない人。あなたは自分を愛してくれる人をひとり失ったのよ。私は何も失ってないのにねぇ」


遠くから愛しい旦那が呼んでいる。

添い寝のお誘い?

お茶のお招き?

なんでもいいわ。だって幸せだからね。


とある名言より


「君は自分を愛してくれない人を失ったにすぎない。しかし彼は自分を愛してくれる人を失ったのだ。君は何を苦しまねばならないのか?本当につらいのは彼の方なのだ」



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