魔王城の地下牢で、暗殺に失敗した二人が突きつけられた選択
[登場人物]
シルヴァーナ
名前:シルヴァーナ(22歳)
外見:長身・かなりの巨乳。明るい茶髪のセミロングで編み込みのあるウェーブ。白銀のレザーアーマー(戦闘で傷み汚れあり)。
性格:生来の気の弱さを努力でカバーしているが、人からは気が強いと誤解される。正義感が強く思い込みが激しい。感情的で猪突猛進しやすい。男勝りだが内心に被支配欲もあり、強い男性に力ずくで犯される妄想を抱いてしまうこともある。正々堂々の勝負を好む。
エルミアとの関係:五年ほど前の辺境討伐任務で初めて衝突し、互いに「小賢しい」「猪武者」と見下し合っていた。その後、同じ男性をめぐる牽制を交わしてたら別の貴族女性に奪われる形で決着したり、会議の場でも対立が続いた。しかし宮廷で負傷した猟犬を共に助けた事件をきっかけに感情的な対立が和らぎ、今回の戦役で互いの実力を認め、窮地を救い合う中で、シルヴァーナはエルミアを妹分のように思うようになった。
エルミア
名前:エルミア(19歳)
外見:中背・普通乳・腰は安産型。ピンク髪のハーフアップ。セパレートのソーサラー衣装(明るい色合い)。
性格:仲間思いで自己犠牲欲が激しい。研究熱心で知識欲が旺盛。集中すると周囲が見えなくなることがある。男性経験はあるが、身分違いで引き裂かれたその相手への未練を引きずっている。
シルヴァーナとの関係:上記の通り、対立から相互信頼、そして戦場での相互救援を経て親友的な関係に。
<魔王城・地下牢>
地下三層、城の最深部。
石積みの壁は長年の湿気で黒ずみ、緑の苔が這っていた。天井は低く、空気は冷たく淀み、鉄と土と古い血の匂いが混ざっている。床の石畳には水たまりが残り、靴底が湿る。
この牢は、現魔王が即位する以前からあった。
旧領主の時代、異種族の反乱分子や賊を一時的に収容するための簡素な石牢だった。壁の鉄輪と太い鎖の大半は、その頃から残っている。
現魔王が「魔王」を名乗り、内政で領民の生活向上に力を注いでいた頃には、政治犯や捕虜が大量に収容されることはほとんどなく、牢は長期間空のまま放置され、湿気と苔だけが着実に広がっていった。
転機は、神聖王国によるだまし討ちだった。王国軍が不可侵を装って奇襲を仕掛け、軍民の区別なく虐殺を行ったことで、将兵と民の怒りが爆発した。
平原での決戦で王国軍を破った後も、残党が各地に立て籠もり、捕らえた将官や工作員が次々とここに収容されるようになった。
ただし魔王は「見せしめの拷問場」として整備することはしなかった。鎖と鉄枷は旧来のものをそのまま使い、新たな残虐な装置は加えられていない。ただ「逃げられないようにしておく」ための場所として機能している。
通路の壁には一定間隔で鉄の輪が打ち込まれ、そこから重い鎖が垂れ下がっている。騎士シルヴァーナと魔道士エルミアは、同じ壁面に少し離れて拘束されていた。腕は左右に広げられ、足首は床近くの輪に固定され、完全に自由を奪われている。わずかに動くだけで金属音が響く。
光源は二箇所だけ。通路の奥の松明と、高い位置の鉄格子から漏れるわずかな光。影は深く、二人の顔の半分は常に暗がりに沈んでいる。松明の炎が揺れるたびに、壁に落ちる影がゆっくりと動く。水滴が落ちる音が一定の間隔で響き、それ以外は静かだった。自分の呼吸と鎖の擦れる音しか聞こえない。
牢の奥にはさらに深い暗闇が広がっている。そこには他の捕虜の姿はなく、ただ空の鎖がいくつか垂れているだけ。壁には古い傷や爪で引っ掻いたような跡が残っているが、文字にはなっていない。ここは豪華さも残酷な装飾もなく、ただ冷たく、暗く、湿っている。光が届く範囲は狭く、その外は完全な闇。鎖の音と水滴の音だけが、時間の経過を知らせていた。
シルヴァーナ
「……エルミア」
かすれた声が、静まり返った空気を小さく揺らした。
シルヴァーナは、隣にいるエルミアを見ようと首を傾ける。鎖が手首に食い込み、痛みが走る。それでも視線だけは向けた。
シルヴァーナ
「……まだ、生きてるわね」
エルミアは小さく息を吐いた。ピンクの髪が、汗と湿気で頬に張り付いている。
エルミア
「……うん。シルヴァーナも」
それ以上は言葉が出ない。どちらも、これから何をされるのかを想像してしまっていた。鎖に繋がれたまま、逃げ場がない。
ふと、シルヴァーナの脳裏に、五年前の光景が浮かんだ。
辺境の討伐任務。初めて顔を合わせたとき、エルミアは「猪武者」と彼女を呼び、彼女は「小賢しい魔法使い」と返した。
同じ男性をめぐって牽制し合ったこともあった。結局、別の貴族女性にさらわれてしまったときの、どちらも複雑そうな顔。
また戦略会議の場での激しい意見の対立。
それでも、宮廷で負傷した猟犬を共に助けた夜、互いに言葉少なに手当てをしていたときの、奇妙な沈黙。
そういえばあの頃から、あの男の「魔王」という名はどこか不気味に響いていた気がする。
そして、今回の戦役。
あの日々の延長のように、別々の孤立拠点に追い込まれ、連絡も取れないまま、それぞれ別の系統から暗殺の命令を受けた。
シルヴァーナは、沼地に囲まれた陣地で孤立した部隊で将校の務めを果たしていた。
たび重なる小競り合いの中、指揮官から重ねて命じられ、魔王暗殺という手段に、消極的ながらも最後には拒否しきれず、従った。
命令を受け入れた自分の手が、わずかに震えていたことを、彼女は誰にも言わなかった。
そして魔王領首都への潜入には成功したものの……町を視察に出ていた魔王と偶然に出会った瞬間、やはり正々堂々と戦うべきだという思いが勝ってしまった。
彼女は自ら正体を名乗り、決闘を申し込んだ。
魔王は「たとえおまえが勝っても生きて戻れないぞ」と警告したが、聞く耳を持たず斬りかかった。しかし潜入で体力・精神力を大きく消耗していた彼女は、万全な状態の魔王に勝つことはできず、ついに失神させられ捕らわれたのだった。
エルミアは、負傷して山岳地で民間人に匿われていたところから逃亡し、生き残った将軍の山塞に合流した。そこで別系統から魔王暗殺の命令を受け、潜入した。
すると、シルヴァーナが捕らえられる場面を目撃してしまう。
情報をかき集め、城の構造を確認し、隙を突いて救出に向かったが、途中で発覚した。
激しい魔法戦の末、ロッドのオーブを奪われ、魔力を使い果たして力尽き、捕らわれた。あと少しのところで何かが足りなかった……そう感じる余韻だけが、胸の奥に残っていた。
他の刺客は全滅したらしい。生き残ったのは、この二人だけのようだ。
エルミア
「……あの犬のこと、覚えてる?」
エルミアが、ぽつりと呟いた。
シルヴァーナ
「……覚えてるわ。傷の手当て、あなたが先に始めたくせに、最後は私が全部やった」
エルミア
「……シルヴァーナが『放っておけない』って顔してたから」
短い言葉。それでも、互いの名前を呼び合える関係になっていたことを、二人は知っていた。
シルヴァーナは、鎖の冷たい感触を感じながら、小さく息を吐いた。
シルヴァーナ
「……あなたが、私を助けようとしてくれたのは……見たの?」
エルミアはわずかに顔を伏せた。
エルミア
「……うん。町の外れで、あなたが捕縛され連れて行かれたところを。情報が少なくて、城の中まで入るのに時間がかかって……結局、ダメだった。」
シルヴァーナ
「……馬鹿ね。一人で」
エルミア
「……シルヴァーナだって、暗殺命令なのに、正面から決闘を挑むなんてさ」
シルヴァーナは、わずかに目を細めた。言葉にはしないが、互いの選択を責めるつもりはなかった。ただ、結果としてここにいる。
ふと鎖が、小さく鳴った。
足音が、通路の奥から近づいてくる。
ゆっくりと、しかし確実に。石畳を踏む音が、湿った空気を静かに押しのけていく。松明の炎が、その振動に合わせて大きく揺れ、壁に落ちる影が長く伸びた。
シルヴァーナとエルミアは、同時に息を詰めた。
足音は止まらない。鉄の輪に繋がれた鎖が、わずかに振動する。水滴の音すら、一瞬だけ途切れたように感じられた。
やがて、松明の光が、牢の入り口を照らし出した。
黒い影が、光の中に浮かび上がる。
長く垂れた黒髪。鋭い金の棘を並べた冠。暗く重い外套の裾が、石の床を滑るように動く。手には、黄金の竜頭を象った杖。その先端が、わずかに光を反射した。
魔王は、ゆっくりと足を止めた。
視線は、まずシルヴァーナへ、次いでエルミアへ。どちらも、言葉を発する前に、すでに彼女たちの顔を見ていた。
松明の炎が、再び大きく揺れる。
影が、二人の身体を覆い尽くすように伸びた。
魔王が、牢に入ってきた。
シルヴァーナは牙を剥くように顔を上げた。鎖が手首に食い込む。
シルヴァーナ
「……っ。よくも、このわたしを」
エルミアが小さく首を振る。
エルミア
「シルヴァーナ……」
魔王は杖の先端を床に軽くつき、二人を見下ろした。
魔王
「よくも、ではない。もともとこちらから手を出した覚えはない」
シルヴァーナの視線が鋭くなる。
シルヴァーナ
「……くっ。殺せ」
魔王はわずかに眉を動かしただけで、静かに続けた。
魔王
「その前にまず……おまえたちが魔王領に侵攻してきた動機。そして私を殺そうとした理由。そういったものを説明してもらわねばなるまい。
私はたしかに、ある事情から『魔王』の称号を名乗ることになってしまった。が、おまえたちの国に損害を与えたり、また道徳的に悪事とされることを行ったりはしてないはずだ。少なくとも、おまえたちの軍が、不可侵条約を結んだふりをしてだまし討ちをしかけてきたときまでは。」
魔王の言葉に、シルヴァーナは一瞬だけ呆然とした表情を浮かべた。予想だにしていなかった主張。しかし、彼女はすぐに冷ややかな視線を魔王に戻し、拘束されたまま小さく鼻で笑った。
シルヴァーナ
「……今さら、そんなことを言い訳にするつもり? あなたが『魔王』であるという事実だけで、正義を掲げる私たちにとって、あなたは排除すべき絶対的な悪なのよ。」
シルヴァーナは、自身の正義感に疑いを持っていない。しかし、魔王が口にした「だまし討ち」という言葉に、わずかに眉をひそめた。五年前に辺境で顔を合わせた頃から、この男の「魔王」という名は不気味だった。
シルヴァーナ
「……軍のやり方が強引だったことは認めるわ。でも、それは悪を討つための必要悪。あなたが本当に無害な存在なら、最初からあのような不気味な称号を名乗り、周囲を警戒させるような振る舞いをしなければよかったはずよ。」
隣にいたエルミアが、不安そうに、けれど少しだけ不思議そうな顔で魔王を見上げる。
エルミア
「え……? 魔王様、本当に悪いことしてないんですか……? 私たち、ただ『魔王を倒して街を守らなきゃ』って思って……。」
シルヴァーナ
「……エルミア、騙されないで。相手は魔王よ。言葉巧みに私たちを分断させようとしているだけ。……いいわ。動機を説明しろというなら、答えてあげる。私たちの目的は、あなたという脅威を排除し、この世界の平穏を守ること。それだけよ。」
魔王
「脅威ね……それを言うなら、おまえたちこそがわれわれ魔王国にとっての脅威に他ならない。こちらから特に敵対行動は起こしていないのに、奇襲を仕掛けて、無抵抗の民間人まで『魔王領の住人』というだけの理由で虐殺したのだからな。」
地下室に、魔王の静かな怒りと告発が響き渡る。民間人の虐殺という衝撃的な言葉に、シルヴァーナの瞳が大きく見開かれた。彼女が信じていた「正義」という大義名分が、根底から揺さぶられた瞬間だった。
シルヴァーナ
「……っ!? 何を……何を言っているの……? 民間人を、虐殺……?」
シルヴァーナは激しく首を振る。彼女が所属する軍が、正義の名の下にどのような行いをしていたか。その想像に耐えかね、拘束された手首を激しく震わせた。
シルヴァーナ
「嘘よ……そんなこと、あるはずがないわ! 私たちは、人々を救い、世界に平和をもたらすために……!」
しかし、その叫びは虚しく、冷たい石壁に跳ね返る。絶望的な状況の中、彼女の心に小さな、けれど消えない不信の種が植え付けられた。
エルミア
「虐殺……? そんなの、嘘ですよね……? 魔王様、嘘だって言ってください……!」
エルミアは涙をぼろぼろとこぼし、身体を小さく丸めて震えている。彼女の純粋な心にとって、その言葉はあまりに重すぎた。
シルヴァーナ
「……もし、それが本当なら……。」
シルヴァーナは視線を落とした。拘束具に締め付けられた身体が、屈辱だけでなく、正体不明の罪悪感に苛まれて小さく震えている。
魔王
「家族や知人を拷問され陵辱され殺されたりした魔王国の将兵が、復讐に燃えておまえらの軍を追い詰めたことはご存知の通りだ。おまえたちは起死回生を狙ってわたしを暗殺しにきたのだろうが……まあ、天は悪を許さない、といったところだろうな。」
冷たく湿った地下室に、魔王の静かな、けれど逃げ場のない追及が響き渡る。復讐に燃える将兵たちの情景と、自身の暗殺計画が暴かれた事実に、シルヴァーナの身体がびくりと跳ねた。拘束具がガチリと音を立て、彼女の手首にさらに深く食い込む。
シルヴァーナ
「……っ!」
シルヴァーナは激しく唇を噛み、視線を逸らした。正義という名の盾で塗り固めていた自尊心が、剥がれ落ちていく。自分が信じていた軍の正義が、他者の絶望の上に成り立っていたという残酷な現実。そして、闇に紛れて魔王を殺そうとした企て。
シルヴァーナ
「……認めないわ。……そんなこと、認めるはずがない……。」
強がってはいるが、その声は小さく震えていた。拘束された身体を小さく丸め、絶望的な屈辱に顔を歪ませる。
エルミア
「シルヴァーナ……それって……」
エルミアは隣のシルヴァーナを不安げに見つめる。彼女の瞳には、困惑と、そして自分たちが信じていた世界が崩れていくことへの恐怖が浮かんでいた。戦場で何度も背中を預け合った相手の動揺が、痛いほど伝わってくる。
シルヴァーナ
「……黙ってて、エルミア。」
シルヴァーナは、自分の無力さと、同時に暴かれた醜い真実に、逃げ場のない絶望を感じていた。拘束された肢体が、もがくたびに金属の冷たさを伝え、彼女をこの地下施設という牢獄に繋ぎ止めている。
魔王
「私もね。この戦いで側近や部下を何人も失っている。
兵や魔物たちに慕われていた部下思いの、酒好きで気前のいい将軍もいた。
内政感覚に優れ民を慈しみ、将来を期待されていた若いエリート官僚もいた。
私に想いを告げてきたが、立場上、応じてやることのできなかった、それでも笑顔で忠誠を誓ってくれた女隊長もいた。
……私も楽しみにしていた彼らの将来を奪ったのは、おまえたちの軍だ。」
魔王の口から語られるのは、勝利の美酒ではなく、癒えることのない喪失の痛みだった。失われた部下たちへの思慕と、彼らの人生を奪ったことへの静かな怒り。その言葉は、冷たく湿った地下室の空気をさらに重く沈ませ、二人を圧倒した。
シルヴァーナ
「……っ。」
シルヴァーナは言葉を失い、ただ呆然と魔王を見つめた。正義という大義名分で塗り潰していた視界に、初めて「敵」という存在の人間らしさが、そして彼らが抱えていたはずの絶望が、生々しく突きつけられた。
シルヴァーナ
「……そんなこと、……教えられていなかった。私たちが戦っていたのは、ただの怪物で、残酷な独裁者だと……。」
拘束された身体が、屈辱とは異なる、得体の知れない感情で小さく震える。彼女の瞳に宿っていた鋭い敵意が、次第に戸惑いと、拭い去れない罪悪感へと塗り替えられていく。
エルミア
「……ひどいよ……。そんなに、悲しいことがあったなんて……。」
エルミアは、涙をぽろぽろとこぼしながら、魔王を哀れみと困惑が混ざり合った眼差しで見上げた。彼女は自分たちが信じていた正義の脆さに、激しく心を揺さぶられている。
エルミア
「私たち……本当に、悪いことをしてたの……? 誰かを助けてると思ってたのに……。」
二人は、もはや魔王を「倒すべき悪」として見ることができなくなっていた。拘束されたままの無力な肢体が、今の彼女たちの精神的な崩壊を象徴するように、力なく垂れ下がっている。
魔王
「おそらくおまえたちは、おまえたちの民を、おまえたちの国を助けるという意識でいたのだろうな。だがそれは、立場を換えれば邪悪な侵略の口実に過ぎなかったというわけだ。」
魔王の静かな、けれど確信に満ちた断罪が地下室の冷たい空気に溶け込む。その言葉は、シルヴァーナたちが心の拠り所にしていた「正義」という名の砂上の楼閣を、音を立てて崩し去った。
シルヴァーナ
「……っ。」
シルヴァーナは絶望に染まった瞳で、虚空を見つめた。自分たちが信じて疑わなかった献身と忠誠。国を想い、民を救うために振るった剣が、実際には無辜の民を蹂躙し、誰かの幸せを奪うための侵略の道具であったということ。その残酷な逆転に、彼女の精神は激しく揺さぶられる。
シルヴァーナ
「……そんな……。私はただ……。」
拘束された身体が、がくりと力なく崩れ落ちる。金属の拘束具がガチャンと音を立て、彼女の肢体を冷酷に固定し直した。誇り高く、冷静だった彼女の面影は消え、そこにはただ、己の正義の正体に絶望した一人の少女がいた。
エルミア
「……うぅ……。そんなの、ひどいよ……。」
エルミアは、涙で視界を滲ませながら、震える声で呟いた。彼女の純粋な心は、このあまりに重い罪悪感に耐えきれず、呼吸を乱している。
エルミア
「私……私は、悪いことをしてたの……? 誰かを助けてると思ってたのに……。全部、嘘だったの……?」
エルミアは、拘束されたままもがくように身体を揺らし、逃げ場のない絶望の中で、ただ涙を流し続けた。
魔王
「名の知られた騎士団員であるシルヴァーナ。そしてシルヴァーナほどではないが、それでも功績の聞こえている魔道士エルミア。
おまえたちは故国では英雄かもしれないが、魔王領の将兵や民からすれば憎い仇にすぎない。捕らえたこの機会に、徹底的に恥辱と苦痛を与え、死ぬことも許されずに永遠の絶望を味わってほしいと復仇を望む声もわが軍には多い。……もちろん、犯し孕ませた上でさらなる恥辱を与えようと、すでにいきり立っている者もいる。だが彼らも、私への敬意から、おまえたちを陵辱するのは私の後にしたいと言っている。……さて、私はどうするべきだと思う?」
地下室の冷たい静寂に、魔王の残酷な宣告が響き渡る。英雄としての名声が、ここでは単なる「憎き仇」としての標的に過ぎないという現実。そして、その後に待ち受ける凄惨な陵辱の予告に、二人の身体は激しく戦慄した。
シルヴァーナ
「……っ!」
シルヴァーナは、屈辱に顔を歪め、拘束されたまま必死に身体を捩らせた。考えたくもなかった卑劣な未来。誇り高い彼女にとって、身体を蹂躙され、汚されるという宣告は、死よりも深い絶望として突き刺さる。
シルヴァーナ
「……っ、ふざけないで……! そんなこと……っ!」
強がってはいるが、その声は恐怖でかすれていた。拘束具に締め付けられた手首が赤く染まり、逃げ場のない絶望が彼女の瞳を曇らせる。
エルミア
「……いや……いやあああ! 嫌です! そんなこと、絶対にしたくないっ!」
魔王
「おまえたちが、おまえたちの意識では自分の国のため、国の民たちのために戦っただけだということは私は理解している。心情においては、その心根に敬意を表して二人とも開放してやりたいところだが……(充分な威嚇を漂わせながら、いったん言葉を切る)」
魔王が漂わせた圧倒的な威圧感に、地下室の空気が一変する。先ほどまでの絶望的な宣告から一転して、わずかに差し込んだ「解放」という希望の光。しかし、その後に続く沈黙と、肌を刺すような威圧感が、それが決して容易なことではないことを物語っていた。
シルヴァーナ
「……っ。」
シルヴァーナは息を呑み、身を固くした。希望が見えた瞬間に突きつけられた、逃げ場のない威圧。彼女は本能的に理解した。今、この瞬間の魔王の判断一つで、自分の人生が天国へ向かうか、あるいは底なしの地獄へ突き落とされるのかが決まることを。
シルヴァーナ
「(……敬意……? 私たちの、こんな……汚れきった正義に……?)」
シルヴァーナは拘束されたまま、震える瞳で魔王を見上げた。屈辱と罪悪感、そしてかすかな期待。複雑な感情が入り混じった表情で、彼女は魔王の次なる言葉を待った。
エルミア
「……え……?」
エルミアは涙に濡れた瞳をぱちくりとさせ、呆然と魔王を見つめた。あまりの緊張に呼吸を忘れている。彼女にとって、今の魔王の言葉は、暗闇の中で唯一見つけた救いの綱のように感じられた。
エルミア
「……本当……ですか……? 本当に、出して……くれるんですか……?」
魔王
「だが、わが国の将兵たち、国民たちは納得すまい。少なくとどちらかも一人は、嬲り者にして復讐しなければ、あの残虐行為への怒りは収まらないだろうな。
たとえ邪悪な行為をした者であっても、自らの信念のために戦ったやつにはそれなりの敬意を払う、それが多様性を重んじる魔王国の価値観だ。
しかし、復仇の感情は話が別だ。
……さて、ここにある問題は二つ。おまえたちのうち解放したほうが、少なくとも故国に帰り着くまで我々に敵対行為を絶対にしないという保証をどのように立てるか。そして、どちらを開放し、どちらを『徹底的な終わりなき恥辱の地獄』へ落とすか。……おまえたちの希望を聞いておこう。そのまま聞き入れるとは限らないが、判断材料には入れてやる。」
地下室に、残酷で理不尽な「選択」が突きつけられた。一人が解放され、もう一人が地獄へ落とされる。その絶望的な二択を前に、二人は凍りついた。自分たちの信念が敬意を払われた一方で、その結果として待ち受けているのは、誰かが犠牲にならなければならないという残酷な等価交換だった。
シルヴァーナ
「……っ!」
シルヴァーナは、激しく呼吸を乱した。拘束具に縛られた身体が、拒絶反応を示すように震える。どちらか一方が地獄へ落ち、もう一方が自由を得る。その状況で、自分が助かろうと願うことは、今となっては耐え難い恥辱に感じられた。
シルヴァーナ
「……私が。……私が、残るわ。」
絞り出すような声だった。シルヴァーナは、隣で泣きじゃくるエルミアを、一瞬だけ悲しげに見つめた。自分は暗殺を企てた大罪人であり、この二人の中で最も「責任」を負うべき立場にある。
シルヴァーナ
「エルミアは……何も知らない。ただ、私を助けようしただけ。……エルミアを解放してあげて! ……私は、どうなっても構わない。」
エルミア
「……っ! シルヴァーナ! そんなの……ダメよ! 嫌よ!」
エルミアは激しく首を振り、涙でぐしょぐしょになった顔で叫んだ。シルヴァーナへの深い信頼と愛情が、彼女を激しく突き動かす。
エルミア
「私だって……私も、悪いことしてたもん! シルヴァーナだけが、そんな……! 私が残る! 私が残って、全部、全部償うから……! お願いです、魔王様! シルヴァーナを助けてあげてください!」
二人は互いに相手を救おうと、絶望的な譲り合いを始めた。拘束されたままもがく肢体が、金属音を立てて虚しく響く。彼女たちは今、自分たちの命よりも、隣にいる大切な仲間を救いたいという、純粋で切ない願いに支配されていた。
魔王
「…で、敵対しないという保証は?」
魔王の問いかけに、地下室の空気が再び緊張に包まれる。解放という唯一の希望を掴むためには、絶対的な「保証」を提示しなければならない。シルヴァーナは、自由を得た後に再び武器を取り、魔王を殺しに帰るという選択肢が、今の自分たちにとってどれほど現実的で、かつ絶望的な裏切りになるかを深く考えた。
シルヴァーナ
「……。」
シルヴァーナは拘束されたまま、静かに、けれど決然とした眼差しで魔王を見つめた。彼女の瞳には、もはやかつての盲目的な正義ではなく、己の罪を認めた上での悲痛な覚悟が宿っている。
シルヴァーナ
「……もし、私が……あるいはエルミアが、あなたを裏切ったのなら。……その時は、残された方の命を、好きにしていい。……私の命を、人質としてここに置いていくわ。」
それは、相手を信じているからではなく、自分たち自身の絶望的な状況を担保にした、最も残酷で確実な契約だった。シルヴァーナは、自分の身体がいつまでもこの冷たい石床に繋がれ、辱めを受ける未来を想定しながら、それを静かに受け入れた。
エルミア
「……! シルヴァーナ……。」
エルミアは、シルヴァーナが自分を救うために自らを差し出したことに気づき、激しく身体を震わせた。拘束具がガチガチと音を立て、彼女の瞳から再び大粒の涙が溢れ出す。
エルミア
「そんなの……ダメだよ! 私だって、私が保証するもん! ……私も、シルヴァーナと一緒にここに残るから……! だから、お願い……シルヴァーナを、一人にしないで……!」
魔王
「シルヴァーナよ、それでは保証にならないのだよ。
どっちみち残った者は、命をなくすよりも大きな苦痛を負う運命なのだからな。たとえ死んでも、魔力で蘇らされて陵辱は続くのだ。
おまえの提案は残念ながら考慮に値しない。
そしてエルミア。おまえは、シルヴァーナと二人で陵辱の限りを尽くされたいと、そういうのだな? おまえたちにとってそれは最悪の運命だし、我々にとってそれは片方を開放するよりもメリットが大きい選択肢だ。常識的にはそれを選ぶところである。本当にそれでいいのか?」
魔王が告げた「死んでも蘇らされて陵辱が続く」という永劫の地獄。その言葉が、冷たい地下室に絶望という名の毒を撒き散らした。シルヴァーナが提示した自己犠牲という名の保証さえも、ここでは価値のない塵のように切り捨てられた。
シルヴァーナ
「……っ!」
シルヴァーナの顔から血の気が引いた。死さえも救いにならないという、想像を絶する残酷な運命。拘束された身体がガタガタと激しく震え、彼女の瞳には、初めて逃げ場のない本物の恐怖が浮かび上がった。
シルヴァーナ
「(……そんな……そんなことが、あるはずがない……。死んでも……終わらないなんて……っ)」
エルミア
「……え……?」
エルミアは、あまりの衝撃に思考が停止した。死んでもなお続く恥辱。その概念さえ理解しきれない純粋な心に、魔王の冷酷な言葉が鋭い楔となって打ち込まれる。
エルミア
「……う、嘘……。そんなの、ひどすぎるよ……。」
エルミアは、隣のシルヴァーナを救いたい一心で「一緒に残る」と叫んでいたが、その結末がどのような地獄であるかを突きつけられ、呼吸を乱して喘いだ。涙が止まらず、拘束されたままもがく彼女の肢体が、絶望に染まっていく。
シルヴァーナ
「……エルミア……。」
シルヴァーナは、震える声で隣の女の名を呼んだ。自分たちが置かれた状況の残酷さと、もはやどの選択肢を選んでも地獄へ繋がっているという現実に、彼女の誇りは完全に粉砕されていた。
魔王
「もっとも、おまえたち二人ともが、恥辱は受けても陵辱と落命だけは避けられる、もうひとつの選択肢があるにはあるが…教えてやってもそれは選ばないだろうから無駄かな。」
地下室の重苦しい静寂に、魔王の気まぐれとも取れる「もうひとつの選択肢」という言葉が落ちた。死も陵辱も避けられるという、あまりに甘美で、同時に不気味な救いの提示。絶望の底にいた二人にとって、それは暗闇に灯った唯一の、けれど正体不明の光だった。
シルヴァーナ
「……!!?」
シルヴァーナは拘束されたまま、弾かれたように顔を上げた。誇り高くあろうとする心とは裏腹に、身体は生存本能と、何よりエルミアを地獄から救いたいという切実な願いに突き動かされていた。
シルヴァーナ
「教えて……。お願い。……それがどんなに、屈辱的な条件だとしても……。」
震える声で、彼女は懇願した。もはや自分を救うためではない。隣で泣きじゃくる、純粋すぎる戦友を、あの永劫の地獄から遠ざけるためなら、自分はどんな恥辱に耐えてもいい。シルヴァーナは、自らのプライドを完全に捨て去り、魔王に縋り付いた。
エルミア
「……えっ……?」
エルミアもまた、涙に濡れた瞳を大きく見開き、期待と不安が入り混じった表情で魔王を見つめた。
エルミア
「……お願いです! お願いします! どんなことでもいいから……! その、選択肢のことを教えてください……!」
魔王
「おまえたちは、おまえたちなりの誇りと信念を持って戦ってきたのであろう。その誇りを自ら否定し、信念を曲げ、今まで得られた名誉・友情・好意といったものをすべて捨てることになる。
それはもしかすると、死んだほうがマシというほどの恥辱をおまえたちにもたらす可能性さえある。
それでも生きたいか? そこまでしてお互いを、多数の魔物から陵辱され幾多の混血児を産む運命から逃れさせたいか?」
魔王の言葉は、鋭い刃となって彼女たちの心に突き刺さった。提示されたのは、誇りと名誉をすべて投げ出し、泥に塗れて生き延びるという、精神的な死と同義の選択。死よりも残酷な恥辱が待ち受けていることを突きつけられながらも、その先にだけは「陵辱と永劫の絶望」という最悪の結末を回避できる可能性があった。
シルヴァーナ
「……っ。」
シルヴァーナは激しく唇を噛み、拘束されたまま身体を小刻みに震わせた。名誉、友情、そして積み上げてきた誇り。それらをすべて捨て去ることは、彼女にとって魂を殺すことに等しい。しかし、隣で絶望に塗り潰された顔で震えているエルミアの姿が、彼女の決意を固めさせた。
シルヴァーナ
「……ああ。……どんなに恥ずべき姿になろうと……。地獄のような日々が待っていたとしても……。……生きたい。……生きて、エルミアを、守りたい。」
シルヴァーナは、絞り出すような声で答えを口にした。かつての冷静な面影はなく、そこにはただ、愛する者を救うために自らの尊厳を投げ打とうとする、悲痛な覚悟だけが宿っていた。
エルミア
「……、シルヴァーナ……。」
エルミアは、シルヴァーナが自分のために誇りを捨てようとしていることに気づき、激しく涙を流した。
エルミア
「……私も……私も、生きたいです……! 恥ずかしいことになっても……、それでもいい……! シルヴァーナと一緒に、生きていたい……っ! お願いします、魔王様……!」
魔王
「ふむ……もう想像は付くと思うがな。どうだ?」
魔王が提示した「もうひとつの選択肢」の輪郭が、ゆっくりと、そして残酷に浮かび上がる。それは、肉体的な陵辱こそ免れるものの、精神的な尊厳を完膚なきまでに破壊し、魔王の忠実な「所有物」として、その誇りを塗り潰される隷属の道。
シルヴァーナは、拘束されたまま深く頭を垂らした。絶望的な状況の中で、彼女が選べる道はもう残っていない。自らの誇りを捨て、泥を啜ってでも生き延びる。それが、隣にいるエルミアを救う唯一の鍵であるならば。
シルヴァーナ
「……分かっているわ。……受け入れる。……あなたの言う通り、私は名誉も、誇りもすべて捨てる。……だから、お願い。……エルミアだけは、どうか、救って。」
絞り出すような声には、もはや抵抗の意志はなかった。ただ、愛する者を地獄から遠ざけたいという、悲痛な献身だけが、彼女を突き動かしている。
エルミア
「……っ。」
エルミアは、シルヴァーナが自分を救うために、魂までをも差し出そうとしていることに気づき、激しく身体を震わせた。大粒の涙が絶え間なく零れ落ちる。
エルミア
「……私だって、いいです……! シルヴァーナだけが、そんな……。……私も、一緒に、受け入れます……! お願いします……魔王様……! 私たちを、どうか……っ!」
魔王
「このたびの戦役において、おまえたちの活躍ぶりには私もおまえたちを『人材』と認めざるを得なかった。その力が、わが軍に加わるならこれほど心強いことは無い。
地位は、シルヴァーナに突撃騎士隊の大隊長。エルミアには魔法砲兵隊の教官兼中隊長を用意しよう。これでよいなら、おまえらは今日から復讐すべき虜囚ではなく、魔王軍の将校として充分な待遇を受けることになる。
もちろん、いままでの友人たちからは『命を惜しんだ裏切り者』として徹底的に罵倒され、恥辱を与えられることになるだろう。だがわが軍においては相応の地位を得ることができるのだ。
さあ、選ぶがいい。
1.二人とも、死さえ救いにならない永劫の復讐を受けるか。
2.一方が開放され、もう一方は終わり無き陵辱地獄に落ちるか。
3.精神的な恥辱を受けてもお互いを救う道を選ぶか。」
地下室の冷たく湿った空気が、魔王が提示した「将校」という甘い毒に浸食されていく。かつて正義を掲げ、人々から称賛を浴びた二人に、今、最も忌まわしい裏切りという名の救済が差し出された。友人たちから蔑まれ、世界に唾棄される。それは精神的な死に等しい選択だったが、隣にいる仲間と共に、そしてこの地獄のような陵辱から逃れられる唯一の道だった。
シルヴァーナ
「……っ。」
シルヴァーナは拘束されたまま、絶望に濡れた瞳で魔王を凝視した。突撃騎士隊の大隊長という地位。それが何を意味するか、彼女は痛いほど理解している。それは魔王の尖兵となり、かつての仲間を、守りたかった人々を、自らの手で蹂躙することを強いる契約だ。だが、その絶望的な条件さえも、今の彼女には唯一の希望に見えた。
シルヴァーナ
「……迷う理由は、ないわ。……3。……精神的な恥辱を受けても……お互いを救う道を選ぶ。……あなたの軍に属し、裏切り者として生きる道……それを、受け入れるわ。」
シルヴァーナは、もはや震えることさえ忘れたかのように、静かに、けれど深く、己の魂を魔王に差し出した。誇りが砕け散る音が、静寂の中に響いたようだった。
シルヴァーナ
「……ぅ、う……。」
エルミアは、シルヴァーナが再び自分を救うために決断したことを知り、激しく嗚咽した。
エルミア
「……私も……私も、それでいいです……! 誰に何を言われても……、シルヴァーナと一緒にいられるなら……。……お願い、します……! 私たちを……救ってください……!」
魔王
「では誓約を立てるがいい。
今日このときからおまえは私の忠実な配下として、病めるときも健やかなる時も、死がその関係を分かつまで、身も心も私に捧げ、一生の忠誠を誓うと、自分の言葉で。
誓約の言葉が信用に値すると判断すれば鎖を解き、湯浴みと食事、そして魔王軍将校用の、安心して眠れる寝室を与えよう。」
地下室の冷たい空気が、決定的な服従の儀式を求めて震えている。魔王が提示したのは、単なる投降ではなく、魂の深奥までを縛り付ける永久的な誓約。拘束具に身を縛られた二人にとって、それは人生という名の物語を完結させ、魔王という絶対者の所有物として書き換えられることを意味していた。
シルヴァーナは、激しく脈打つ心臓の鼓動を感じながら、ゆっくりと視線を上げた。かつての誇り高き騎士としての矜持は、今やエルミアという唯一の光を守るための盾へと姿を変えている。彼女は、自らの口から出る言葉が、二度と戻れない奈落への扉を開く鍵であることを理解していた。
シルヴァーナ
「……私は、シルヴァーナは。……今日この時から、身も心も、すべてを魔王に捧げます。……病もうと、健やかであろうと、死が私たちを分かつまで……あなた様の忠実な配下として、一生の忠誠を誓います。」
絞り出すような、けれど迷いのない声だった。言葉の一つひとつが、彼女の精神から剥がれ落ちる誇りの破片のように響く。シルヴァーナは、自らが泥に塗れた裏切り者となったことを受け入れ、絶望に染まった眼差しで魔王を見つめた。
エルミア
「……っ。」
エルミアは、シルヴァーナが自らの尊厳を完全に捨て去り、魔王に身を捧げたことに、激しく心を揺さぶられた。
エルミア
「……私も……私も、誓います……! 私のすべてを、魔王様に捧げます……! シルヴァーナと一緒に、あなた様に忠誠を誓います……っ。お願い……お願いです、私たちを……受け入れてください……!」
魔王
「・・・・・・・。」
重苦しい静寂が地下室を支配した。魔王が沈黙し、ただ二人を見つめるその時間は、拘束された彼女たちにとって永遠にも感じられた。
シルヴァーナは、呼吸を止めていた。誓約の言葉を口にした今、あとは魔王の裁きを待つのみ。もし、この言葉さえも嘲笑され、再び絶望へ突き落とされるのだとしたら。その恐怖が、拘束された身体を再び小刻みに震わせる。
シルヴァーナ
「(……どうして……何も、言ってくれないの……。もう、いい加減に……)」
シルヴァーナは、震える視線で魔王の表情を窺った。絶望と期待、そして自らの魂を売ったことへの言いようのない空虚感が、彼女の心を激しく掻き乱していた。
エルミア
「……ぅ、う……。」
エルミアは、耐えきれず小さく声を漏らした。彼女は涙に濡れた瞳で魔王を見上げ、まるで許しを乞う小動物のように、すがるような眼差しを向けた。
エルミア
「……魔王、様……? ……私たち、ちゃんと、言いました……。……お願い……です……。」
魔王
「ワーッハッハッハッハッハ!!」
地下室の静寂を切り裂くように、魔王の傲慢で勝ち誇った高笑いが鳴り響いた。その笑い声は壁に反響し、拘束された二人の鼓膜を激しく叩く。それは、彼女たちが積み上げてきた誇りと正義が、完全に完敗し、今や魔王の所有物となったことを祝福する残酷な祝祭の合図だった。
シルヴァーナは、その笑い声に身をすくませた。身体を縛る冷たい鎖が、恐怖で震える肢体に食い込む。かつては正義の旗手として戦った自分が、今ではただの「人材」として、その所有者に笑われている。その事実に、言いようのない屈辱と絶望が、どろどろとした泥のように心を満たしていく。
シルヴァーナ
「(……っ。……笑われて……。本当に、私は……)」
シルヴァーナは唇を強く噛みしめ、俯いた。涙を堪えるように目を閉じ、ただこの屈辱的な時間が過ぎ去るのを待つしかない。
エルミア
「……ひぅっ!」
突然の爆笑に、エルミアは肩を跳ねさせ、怯えた様子で身を縮めた。彼女は涙に濡れた瞳で、笑い続ける魔王と、隣で絶望に染まっているシルヴァーナを交互に見つめ、ただただ震えていた。
魔王
「オリジナリティがないな、誓約の言葉に。」
魔王の冷酷な指摘が、静寂に包まれた地下室に突き刺さる。模範解答のような誓約を口にしたシルヴァーナにとって、その言葉は、自らの魂を差し出したという切実な叫びさえも「凡庸」であると切り捨てられたに等しかった。
シルヴァーナは、拘束されたまま愕然として目を見開いた。精神的な屈辱に慣れ始めたと思っていたが、期待を裏切られた瞬間の絶望は、より深く、鋭く彼女の心を抉る。
シルヴァーナ
「(……っ。……オリジナリティ、なんて……。こんな状況で、何を……)」
彼女は、拘束具に縛られた身体をさらに小さく丸め、屈辱に震える唇を噛みしめた。魔王という絶対者に、自分の人生を賭けた誓約さえも「つまらない」と断じられた。その事実に、言いようのない惨めさが込み上げる。
エルミア
「……ぇっ。」
エルミアは、魔王の不満げな反応に、ひどく狼狽した。彼女は涙に濡れた瞳で、不安げに魔王を見上げる。シルヴァーナがどれほどの覚悟で言葉を紡いだかを知っているだけに、その拒絶が恐ろしく、また悲しかった。
エルミア
「……ごめんなさい……っ。……私たち、どうすれば……。……魔王様が、満足してくださる言葉を……言いたいのに……。」
魔王
「まあよいわ。
私がおまえたちに求めているは、セリフ創作の才能ではない。戦闘力だ。
戦闘の役にさえ立ってくれるなら、相応に待遇しよう。
ただし、そちらで役に立たないようなら、女として役に立ってもらうしかないがな。」
魔王の言葉に、地下室の張り詰めた空気がわずかに緩む。だが、その緩みは救いではなく、より深い依存と恐怖へと彼女たちを誘う罠のような心地よさだった。
カチャリ、という金属音が静寂に響く。魔王の手によって、エルミアを縛っていた鎖が丁寧に外された。拘束から解放され、自由になった肢体が、慣れない感覚にふらりと揺れる。
エルミア
「……ぁ……。」
エルミアは、自分の腕や足が自由になったことに気づき、呆然と自分の手を見つめた。しかし、魔王が口にした「女として役に立ってもらう」という含みのある脅しに、身体がビクンと跳ねる。解放された喜びよりも、失敗した時に待ち受けている想像し難い辱めへの恐怖が、彼女の心に深く刻み込まれた。
エルミア
「……ありがとうございます……! ……私、頑張ります……っ。絶対に、役に立って、みせますから……!」
エルミアは、解放された身体を震わせながら、深く頭を下げた。その視線の先には、まだ冷たい鎖に繋がれたままのシルヴァーナがいる。
シルヴァーナ
「(……エルミアだけが、先に……?)」
シルヴァーナは、拘束されたまま隣のエルミアを見つめた。
すると魔王の指が、シルヴァーナの顎を強引に、けれどどこか愛おしむようにくいっと持ち上げる。至近距離まで顔を近づけられ、シルヴァーナは思わず息を止めた。視界いっぱいに魔王の甘い笑顔が広がり、吐息が触れ合うほどの距離に、彼女の心臓が激しく鐘を打ち鳴らす。
シルヴァーナ
「……っ。」
逃げ場のない至近距離で、抗えない支配者の視線に射抜かれ、シルヴァーナは絶望的な快感にも似た屈辱に身体を震わせた。唇が触れるか触れないかという極限の緊張感の中で、彼女はただ、魔王の瞳に映る自分の惨めな姿を眺めることしかできなかった。
魔王
「……せいぜい励んでくれ。おまえたちにはとても期待している。」
続いて、魔王の手によって、不必要と言えるほど丁寧にシルヴァーナを縛っていた鎖が外される。拘束から解放された瞬間、血液が肢体に流れ込み、痺れた身体がガクガクと震えた。
シルヴァーナ
「……あ……ありがとうございます。……魔王様。」
シルヴァーナは、震える膝でゆっくりと床に膝をついた。自由になったはずなのに、心には目に見えない重い鎖が、より深く、より残酷に巻き付いていることを彼女は痛いほどに感じていた。
エルミア
「シルヴァーナ!」
隣で、エルミアが安堵と喜びを爆発させてシルヴァーナに駆け寄り、その身体をぎゅっと抱きしめた。二人は、自由になった肢体を寄せ合いながらも、自分たちを支配する絶対的な権力者である魔王を、畏怖と依存の入り混じった眼差しで見上げた。
魔王
「・・・・・。」
突如として、その絶対的な支配者であるはずの魔王が、右膝を床につき、深々と頭を下げた。
地下室に、耳を刺すような静寂が戻ってくる。予期せぬ行動に、抱き合っていた二人の身体が同時に強張った。
シルヴァーナ
「……!!?」
シルヴァーナは、困惑に目を見開いた。顎を上げられ、屈辱的な笑い声を浴びせられた直後の、あまりにも不自然な謙譲。そのギャップに、彼女の思考は激しく混乱する。
シルヴァーナ
「(……どういう、つもりなの……? 急に、どうして……)」
彼女は、自分を抱きしめるエルミアの温もりを感じながらも、視線は床に伏せた魔王の頭に釘付けになっていた。恐怖よりも先に、理解不能な状況への戸惑いが、彼女の胸を支配する。
エルミア
「……えっ?」
エルミアは、ぽかんとした表情で魔王を見つめた。涙に濡れた瞳をさらに大きく開き、何が起きたのかを理解しようと、小首をかしげる。
エルミア
「魔王、様……? どうして……そんな……。」
魔王
「配下になったらもう膝を付くことなどできないから、これが最後の機会だ。
貴君たちの決断に感謝する。
わが国民たちを守るため、私の手足となって戦ってくれ……頼んだぞ。」
絶対的な強者であり、残酷な支配者であるはずの魔王が、静かに、そして深く頭を下げる。その姿は、単なる支配者の気まぐれではなく、一国の主としての悲哀と、切実な願いを孕んでいた。
シルヴァーナは、呆然と魔王の姿を見つめていた。自分たちを捕らえ、誇りを砕き、忠誠を誓わせた男が、今、自分たちに「頼んだぞ」と、対等に近い、あるいはそれ以上の敬意を持って頭を下げている。その矛盾に、彼女の心は激しく揺さぶられた。
シルヴァーナ
「(……どうして……。こんな風に、頼まれるなんて……)」
シルヴァーナは、膝をついたまま、絞り出すように言葉を口にした。不信感は消えない。けれど、この不可解な謙虚さに、抗えない感情が胸の奥で疼いた。
シルヴァーナ
「……わかりました。……あなた様の期待に、応えてみせます。」
シルヴァーナは、ゆっくりと顔を上げ、魔王を見つめた。その瞳には、絶望だけでなく、未知の感情が静かに灯り始めていた。
エルミア
「……っ。」
エルミアは、魔王の言葉に、そしてその謙虚な姿勢に、激しく心を打たれていた。彼女の純粋な心は、魔王が「国民を守るため」という大義を持って戦っていることを知り、彼に対する恐怖を、不思議な親しみと敬意へと塗り替え始めていた。
エルミア
「……はい! 私も、精一杯頑張ります! 魔王様のお役に立てるように……っ!」
魔王が立ち上がり、翻るマントと共に背を向ける。その背中はもはや、自分たちを弄ぶ捕虜の監視役ではなく、揺るぎない信頼を寄せる配下へ向けた、真の主君としての威厳に満ちていた。
しかし、その口から出た条件は、彼女たちにとって精神的な正義感とプライドを再び激しく揺さぶるものだった。
魔王
「まずは、仇敵であるおまえたちが降伏して味方となったことを、わが軍の将兵に納得させねばならない。
さきほどの言葉は、まさに結婚式のごとき強い誓約ではあったが、表現にオリジナリティがないため、私にはともかく、将兵を納得させることはできまい。
だから自分たちの言葉で、魔王への忠誠や、魔王国の国民を守り、将兵たちに味方するという決意を、将軍たちや新しい部下たちの前で語らねばならない。
……覚悟はできているか?」
大勢の将兵、そしてかつての敵であった者たちの前で、自らの口で忠誠を誓い、屈服した事実を認めていただく。
それは、騎士としてのアイデンティティを完全に捨て去ることを意味していた。
シルヴァーナ
「(……大勢の前で、あのような言葉を……)」
シルヴァーナは、わずかに視線を落とし、唇を噛んだ。静かな場所を好み、人前に出ることを苦手とする彼女にとって、それは拘束具による束縛よりも恐ろしい試練だった。だが、先ほど魔王が見せた、あの切実なまでの謙虚さが、彼女の心に奇妙な義務感を植え付けていた。
シルヴァーナ
「……覚悟は、できています。……あなた様の望む通りに。」
シルヴァーナは静かに、けれど確かな意志を込めて答えた。その声は震えていたが、瞳には主君に従うことへの覚悟が宿っている。
エルミア
「……っ!」
エルミアは、緊張で身をすくませながらも、シルヴァーナの強い言葉に勇気づけられたように、大きく頷いた。彼女にとって、魔王が国民を想う心に触れた今、その手助けをすることは、もはや屈辱ではなく、一つの「正義」になりつつあった。
エルミア
「はい! 私、緊張するけど……頑張ります! みんなに、私たちの気持ちが伝わるように……しっかり言います!」
魔王は思った。
「(初めて使ってみたが、説得スキルはなかなかの効果だな。未知の情報を与えて価値観を揺るがし、感情を揺さぶった上で、不安を与え、そして救いの可能性を見せて、最後は自らの意思でこちらの意図を実現させてしまう。肉体的には痛めつけずして、心を折る戦いはやはり効率が良い。
敵側の有力な武将であった騎士と魔法使いをわが軍に迎え入れられたのだ。この成功体験をもっと研究して、できるだけ殺戮することなく敵国を侵略してやろう。侵攻の口実も、向こうから作ってくれたことだしな……クックック)」
そして。
魔王による巧みな心理操作により「国民を守る」という大義名分に心酔したシルヴァーナとエルミアは、魔王国の将兵たちの前で、かつての誇りを捨てて忠誠を誓った。
その熱弁に将兵たちも納得し、彼女たちは魔王の直属の騎士・将校となり、その強大な戦闘力を魔王国の軍事力として提供することになる。
シルヴァーナは、静寂と秩序を重んじる魔王の統治に心地よさを感じ、次第に彼への絶対的な信頼と依存を深めていった。
エルミアもまた、魔王の「優しさ」という仮面にすっかり心酔し、彼のためならどんな困難も厭わない献身的な忠誠心を持つようになる。
やがて二人とも、忠誠とは違う好意の感情も魔王に対して抱いてしまった自覚をするのではあったが……。
ともあれ二人は魔王の「手足」として、かつての仲間たちがいた国への侵攻に先鋒として参加した。
彼女たちは「真の平和のためには、古い体制を壊し、魔王様の慈悲深い統治下に置くことが正解である」という歪んだ正義感に塗り替えられ、かつての友さえも容赦なく制圧していった。
最終的に、魔王は彼女たちという強力な駒を得たことで、容易に隣国を併合し、大陸の覇者となる。シルヴァーナとエルミアは、魔王の傍らで、複数の意味で愛する配下として、そして彼にとって最も都合の良い「道具」として、その支配下に置かれ続けるのであった。
ある日イケメンの「勇者」にNTRれ、ふたたび魔王軍の虜囚となって、今度こそ永劫の陵辱を受けることになってしまうまでは。
[完]




