死んで魔界に落とされた悪役令嬢は平穏を望むのだが、
「うううううっ! もう嫌ああああああああああああっ!」
叫ぶ。
叫びながら、剣を振るう。
元々赤ではあるけれど、倒した敵……天使の血を浴びて、ますます赤黒くなった長い髪。その髪を振り乱しながら、剣で、左から右へ、下から上へ、剣を振り回す。
「もう、嫌っ! 来ないでよおおおおおお! 倒したくないと言っていますでしょおおおおお!」
敵の天使を睨み、威圧をかけながらも、むやみやたらに剣を振りまわす。
「近寄ったら、殺しますわよ! 来ないでええええええええ!」
来るなと威圧をかけ、叫び、やみくもに剣を振り回す。
そうしているうちに、今日の戦闘が終わった。
その場にへたり込んでしまいたいが、撤収のための幌馬車に乗らないと、歩いて前線基地まで帰らなくてはならなくなる。
「う、ううううう……」
剣を杖のようにして、地面に突きながら、やってきた幌馬車まで向かう。
ゼイゼイと息を吐きながら、なんとか幌馬車に乗れた。
ぎしぎしに詰め込まれた幌馬車の中で膝を抱えて目を瞑る。
……とりあえず、今日は生き延びることができた。たとえ明日また、敵を殺さなくてはならなくとも。
「なんで……、このわたくしが……、こんなことを……」
死んだ後に、魔界に落とされて、天使軍と戦う。
戦って生き延びなければ、魂まで消滅する。
……生前のわたくしは、それほどまでに悪いことをしたのだろうか?
わたくしアデライザ・マードック・ウェスクは、ウェスク侯爵家の娘だった。
王命によりジョセフ・クロプトン・イグレシアス王太子殿下の婚約者となり、王太子妃、後の王妃となるために研鑽を積んだ。
淑女の鑑。イグレシアス王国の至高の薔薇。
そんなふうに称されるまで、どれほど努力を重ねたというのか。
なのに。
「アデライザ・マードック・ウェスク! キサマとの婚約は破棄だっ! この俺様は可憐なるラフィー・オブ・ダンシーと婚約を結ぶ!」
平民の娘。
礼儀がなっていないどころか、自分の名前さえ、書き間違うことがあるという学力の低さ。
本来なら貴族学院に近寄ることもできないのだが、毎年、平民の者をランダムに選び、五名ほど学院に入学させて、交流を図るという、王妃様の政策の一環で、入学を果たした運のよい娘。
たしかに、わたくしはラフィーなる娘に言った。
「王太子殿下の友というのであれば。礼儀をわきまえなさい」
「婚約者のいる殿方と腕を組んで歩いてはなりません。適切な距離を保ちなさい」
「せっかく貴族学院に入学することができたのですよ。その幸運を無駄にすることなく勉学に励みなさい」
常識を、説いただけ。
なのに、貴族学園の卒業パーティの会場で、婚約破棄をされた。してもいないラフィーなる娘への虐めで、ジョセフ・クロプトン・イグレシアス王太子殿下から、婚約破棄を叫ばれた。
王太子の側近に頬を叩かれ、床に倒されて、足蹴にされて。
痛みと恐怖で震えるしかできず、誤解だ、冤罪だと、言うことすらできなかった。
そして……、そのまま投獄され、あっという間に冤罪をかけられ処刑された。
そこで、わたくしの人生は終わった……はずだった。
冤罪で死んだというのに……。
罪を犯して死んだ人間の魂は、天使軍もしくは悪魔軍に振り分けられて、千年間戦わされる。
悪魔軍に配属されたわたくしの背には、黒い羽根が生えた。
敵は、背に白い翼を持つ天使。
天使と言っても、元は人間。
生前、本当に罪を犯した者なのか、それともわたくしのように冤罪をかけられ死んだ者なのか。
個々の事情など、分からない。
わたくしは、ただ、白い翼を持つ者を殺すだけ。
千年生きのびることが出来れば、また人間に生まれ変わることができる。
けれど、出来なければ……魂まで消滅する。
わたくしは、悪魔軍に配属されて、剣だけを与えられて、毎日戦っている。
既にどれだけ戦ってきたのか……わからないけれど、とにかく今日も生き延びた。
だけど、もう嫌だ。逃げたい。平凡な人生を平穏に生きたい。
「逃げたい」が「逃げよう」に変わったのは、一体いつだったか。
歯を食いしばって、天使を殺す。
その残虐さに……わたくしは耐えられなくなった。
天使に殺されて、魂まで消滅するのは嫌。
だけど、このまま千年、戦い続けるのも……嫌。
そんな時、聞いた話。
わたくしが今いる戦うばかりの魔界とは別に、天界や人間界と呼ばれる世界があるらしい。
天界……、その名からして、天使の国……かもしれない。
噂によれば、恒久の平和が約束されている世界らしいが、黒い翼を持つ者が、その世界に入れば、放逐される。
なら……、人間界であれば。
「人間界という場所であれば、わたくし、そこに逃げ込める……?」
千年間、天使を殺して生きのびるよりは、逃げたほうが良いのではないか。
戦いなんて、嫌。
殺すのも、殺されるのも、嫌。
次の戦闘を放棄して、いえ、戦うふりをして、わたくしは人間界という場所への道筋を探した。
探して、探して……、遂に、扉を見つけた。
迷うことなく扉を開け、そして……わたくしは人間界へと逃げられた、はず、だった……のに。
扉を通り、眩しいほどの光にあふれている道を歩き、たどり着いた先は……見覚えのある場所だった。
通っていたはずの貴族学院。そして……。
あら……? この場所は……まさか。
まさかと思っているうちに、大きな声がホールに響き渡った。
「アデライザ・マードック・ウェスク! キサマとの婚約は破棄だっ! この俺様は可憐なるラフィー・オブ・ダンシーと婚約を結ぶ!」
ジョセフ・クロプトン・イグレシアス王太子殿下の声。ああ、つまり、わたくし……婚約破棄をされた卒業パーティ……、過去に戻ったの?
人間界。なんのことはない。もともとわたくしがいた場所へ戻っただけ、なのね……。
「なによこれ、無駄……」
魔界から、天使を千年間殺して生きのびねばならない場所から逃れられたと思えば、元の場所。
婚約破棄からの冤罪で、魔界に落とされて、殺戮の日々?
繰り返すだけ?
逃げたつもりで逃げていない。
なんて無駄な努力をしたのわたくしは……。
「なんだと!アデライザ! キサマ、今、無駄などと言ったのか!」
ぎゃあぎゃあと捲し立ててくるジョセフなど、魔界で天使を殺しまくったときに比べれば、何のことはない。
「婚約破棄? どうぞ、ご勝手に!」
馬鹿馬鹿しい。
また、繰り返すのか。
溜息を吐く。
もうどうでもいい……と思った、そのとき。
「何だとキサマ! この無礼な女を投獄せよ!」
王太子殿下の側近が偉そうにわたくしの腕を捕まえようとした。
「無礼者!」
わたくしは反射的に、伸ばされた腕を叩いた。
軽く叩いただけのつもりが……、側近たちは後ろに吹っ飛び、床に倒れた。
え……?
わたくしは自分の手を見る。倒れた者たちを見る。
剣を手に、天使たちと戦っていた日々。
そのときの力が、剣技が、筋力が……わたくしの身体に残っているというの?
背中を確認する。
黒い羽根はない。
見えない。
見えないけれど……、腹の奥に何かしらの力を感じる。
「アデライザ! キサマ!」
魔界で天使を殺し続けてきたわたくしに、たかが人間の男など脅威ではない。
「無礼者っ!」
王太子殿下の側近の一人……騎士団長の息子が剣を手に、わたくしに向かってきた。振り下ろされた剣を、わたくしは右手に持っていた扇で叩く。
そして、左腕で、騎士団長の息子の腹を殴る。騎士団長の息子の身体は壁まで吹っ飛びそのまま気絶した。
「無礼よっ! そこで自分の罪を悔いなさい!」
「ア……、アデライザ……」
か弱いはずの令嬢が、大の男をふっ飛ばしたことで、王太子たちが目を見開いている。
「わたくし、高位貴族としての矜持を持っておりますのよ。当然、無礼な者を許すことはございません」
そうして、王太子の腕にしがみついている平民女をじろりと睨む。
「ひっ!」
「わたくしがあなたに言ったことは、すべて貴族社会での常識。礼儀をわきまえよ。最低限の礼儀さえ知らず、王太子に泣きつくとは。相手にしてやるのも馬鹿馬鹿しくてよ」
「ひ、酷い……」
「不快だわ。わたくしの視界から去りなさい。害虫やネズミ……それがわたくしの前に姿を現せば、使用人に命じて排除させますけれど、わたくしの視界に入らねば、放置いたします」
ラフィー・オブ・ダンシーなどという平民娘は害虫やネズミと同等の存在だと言ったも同然。
「ああ、それから、王太子殿下。その汚らしい娘と情を交わした不潔な体でわたくしに触れないでくださいませね」
「な、何だと!」
「どんな病気をうつされているか、わかりませんもの。不貞は不潔ですし、気持ちが悪い。わたくしまで病気をうつされてはたまりませんから、婚約破棄は、謹んで承りますわ」
演劇や小説の悪役令嬢的な高圧的且つ不敵な笑みを向けてやる。
実のところ、魔界で血まみれになったわたくしのほうが汚らしいとは思うのだけれども。血まみれの日々。ああ、もう二度と帰りたくはない。
じろりと、王太子と平民の小娘を睨みつつ、魔界での戦闘時に発していた威圧をかける。
平民の小娘と王太子は、その場でしゃがみ込んだ。
ついでに、その覇気の余波なのか、卒業パーティ会場内この場にいる誰もが、腰を抜かし動けなくなった。
威圧をあたりにふり巻きつつ、わたくしは堂々と卒業パーティの会場から出て行った。
そして、侯爵家に帰り、湯あみをしている間にお抱えの商人を呼ぶ。
わたくしの部屋のドレス、宝石。持ちものすべてを金貨や銀貨に変えさせた。
金があり力があるのなら……国家転覆程度もできるかもしれない。
だけど。
しない。
「死んだあと、また、魔界に落とされてはたまったものではないわ……」
死ぬまで好き勝手生きて、そして死んで。また天使を殺し続ける日々に戻ってしまったら……。
「それだけは、嫌……」
わたくしが望むのは平穏だ。
戦いなどもうしたくない。
わたくしの持ち物すべてを換金した後、わたくしは馬車に乗り、王都にある大聖堂へと向かった。換金した金貨や銀貨はすべて寄進だ。
「教皇に会わせて!」
王太子の婚約者である身分を使い、教皇に面会を取り付ける。
「わたくし、王太子殿下から、公衆の面前で婚約破棄を叫ばれました。これほどの屈辱はございません。しかも殿下は平民娘とねんごろになっております。正直、汚らしい小娘と愛を交わした殿下の、その腕に抱かれたくはない。故に、わたくしは修道女となって、一生神にお仕えしたいと思うのです!」
金貨は、すべて教皇に渡した。
教皇と言えども欲のある人間。教皇の目が金色に……金貨の色に輝いた。
「ご令嬢のお気持ちは、しかと理解いたしました。あなたはこれからその身分を捨て、修道女として神にお仕えしてくださるよう……」
「ありがとうございます。誠心誠意、わたくしの魂を捧げて、神様にお祈りをいたしましょう……」
そう、神に祈る。
魔界から逃げたことすら罪になるのかもしれないのだ。
神に祈って、神に祈って、祈りまくって、媚を売ってでも、身代わりを立ててでも、わたくしの罪を減免してもらおう。
わたくしは、修道女として毎日毎日熱心に神に祈りを捧げた。
どうかお願いです。わたくしの代わりに魔界へあの女と王太子と側近どもを落としてください。
わたくしは、ここで、神様に祈り続け、一生清らかに過ごします。
神様サイコー!
かっこいー!
素敵!
どうかご容赦を! わたしの人生のすべてをかけて、神様にお祈りしますので!
どうか、どうか! わたくしに平穏な暮らしを!
祈りが通じたのか、それとも勝手に婚約破棄をしたことをお怒りになったのか、国王陛下は王太子から、王位継承権をはく奪した。
今は、平民女と共に、どこか田舎の農場で土にまみれて働いているらしい。
ざまぁ……と思いつつも、わたくしは、真摯に神に祈る。
二度と魔界には落ちたくないです。
一生神様に祈り続けます。
だから、平和を! 平穏を!
お願いします、お願いします、お願いします……。
全力で祈り続けて三十年。わたくしは単なる修道女ではなく、聖女として認定された。
祈りの真摯さだけではなく。
どうやら魔界で得た人間離れしたパワーはそのままだったかのようで。
崩落した橋や嵐による崖崩れ。そういう場での人命救助に力を発揮したのだ。
岩をどけ、土を掘り、埋もれた人たちを助ける。
ごろつきを倒し、虐げられた人を助ける。
「聖女様」
「聖女様」
「聖女様」
人々の尊敬の目が向けられるが、安心はできない。徳は積めるだけ積む。
絶対に魔界に戻されてたくないのだ。
わたくしは、日々人々のために奉仕する。
農場へ送られた王太子の代わりに、新たに王太子として立つことになった第二王子殿下。
隣国の皇太子。
魔法協会の天才魔法使い。
彼らからの求婚なども跳ねのけて、ひたすらに神に祈るのだ。
どうかどうか、平穏な人生を……!
……祈りが高じすぎて、全てを司る神様から求婚されるとは、さすがに思わなかったが。
「さあ、アデライザ。我の手を取り、我の花嫁となれ!」
ええと。
……とりあえず、神様の花嫁となったら。
魔界に落とされることはなく、逆にわたくしが、不要で不浄な人間を魔界に落とすことができるのではないのかしら?
神様どうかお願いしますと祈るよりは、わたくしが実権を握ったほうが安心で安全ではないのかしら?
神様がわたくしに惚れていてくださるうちに……全世界をっ! 我が手に!
……って、あれ? わたくしの平穏な人生はどこ……?
終わり。




