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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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どこもかしこも

 ショウタさんは彼自身が何か見たわけではないが、何とも迫力のある話を聞かされたそうだ。そのお話を伺った。


「あなたくらいの歳なら昔のことは知ってますよね? ほら、昔ってそこかしこでタバコが吸えたじゃないですか」


 それはその通り、タクシーやバスでも灰皿はあったし、タバコの匂いが染みついていようが車のリセール価格を気にする人など居なかった。基本的に多人数が集まる場所ならタバコを吸える場所があるどころか、禁止されている場所の方が珍しかったくらいだ。


「知り合いに元病院の先生がいるんですけどね……」


 その先生はチェーンスモーカーで有名な人で、その方の勤めている総合病院では大体の医師がタバコを吸っていたが、その先生はその中でも更に吸っている方だった。地元に住んでいる方なので、スーパーなどでばったり会うこともある。禁止されていないならたいていの場合美味しそうにタバコを吸っていた。


 時代が変わってきた頃、禁煙スペースが増えてきた、その事にその先生は酷く嫌な顔をしていた。ある時ショウタさんが『先生はタバコをやめないんですか?』と思わず訊いてしまったことがある。そんな時先生は軽く笑って言う。


『バカバカしい、アンタも聞いたことがあるかもしれんがな、タバコってのはコイツに効くんだよ』


 そう言って両手を前にたれる、いかにもな幽霊のポーズだった。


『こんなところ、人がどれだけ死ぬと思うかな? 中にはあの世にさえ行けない連中がいるんだよ。それを見て辞めたヤツも何人も見てきたよ。先代……爺さんの話なんだが、何でも幽霊ってヤツはタバコが苦手だって聞いたんだよ。それからタバコは切らさないようにしてるんだ』


 そう言って笑った。確かに病院というなら死人も大勢出るだろう。当時はまだまだ医療が今ほど発展しておらず、その病院で息を引き取る患者さんも多かった。先生はその人達のこの世のものでは無い姿を見たくないらしい。


 その場はそれで話し終わった。先生の話が冗談なのかは区別がつかなかったが、なかなか面白いことを言うなと不謹慎にも思ってしまった。


 その日はインフルエンザの診断書をもらいにいっていただけなので話はそれで終わった。病院の先生は転勤したり開業したりで入れ替わっていったのだが、その先生は転勤もなく定年まで勤め上げて引退をした。


 そうしてある日、散歩をしていたんですが、その先生に出会いまして、酸素のカプセルから伸びたチューブをつけて先生も散歩をしている様子でした。


『よう、元気でやってるようだな』


 先生は私のことを覚えていたらしく、声を掛けてきました。先生はそのときにタバコを吸っていなかった。


「流石にタバコは辞めましたか」


 不謹慎なような気がしたが、思わずそう口をついて出た。そのくらい先生は見る時必ずタバコを吸っていたからだ。


「吸うわけ無いだろあんな体に悪いもん」


 そう言い放った先生に私が困惑の顔をしていると続けて言うんです。


「あのな、俺がタバコを吸ってたのは病院に勤めてたからだよ。辞めたらそりゃあんなもん吸わんよ。でもな、俺はこうして酸素ボンベ引いてりゃ生きてるんだよ。アンタが知ってるかどうかは知らんがな、あそこに勤めていた連中で最後まで勤め上げたのは俺と毎月寺にお札をもらいにいっていたヤツくらいだよ。開業した連中もいるだろ? アイツらはそういったものを見ていられなくて辞めてったんだよ。ま、タバコのおかげで最後まで無事だったんだよ」


 一息にいってからゼエゼエ言う先生にタバコをやめて良かったですね。とだけ言い、休憩している先生の前を通っていった。そして思いだしたのだが、大きくない町で医師が亡くなれば跡取りだのなんだので話題になるのだが、あの先生だけはそう言った話題が微塵も出ていなかったなと思った。


「先生はもうかなり昔に亡くなりましたが安らかに逝ったそうです。酸素に頼っていても最後まで普通の生活を出来たと聞きました。先生、体に悪いのは分かってたんですよねぇ……」


 それが彼の思い出だそうだ。今ではすっかり危険な状態になるともっと大きな病院にドクターヘリを使って運んだりするので、その病院で突然死するような話題はとんと聞かなくなったらしい。

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