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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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知ってること、知らないこと

 ツルモトさんは自分が住んでいる家の隣には事故物件というものがあると言う。そこを巡って数度はいざこざがあったそうだ。


「言ってあげたいんですけどねえ……私らも不動産屋に目をつけられたくはないんすわ」


 その物件は鉄筋三階建ての立派な建物なのだが、入ってきた人がすぐに出て行くことで地元では知られているらしい。ただ、不動産屋は死人は出ていないからと何かあることは言わないという。


 知らぬが仏言いますけどね、教えてやった方がええとは思うんですがね、確かに大怪我や病気を患う人は居ても亡くなってはおりませんからねえ、ワシらも表立っては言えんわけですよ。


 そこね、不動産屋が管理しているので住人が居着かないのに清掃だけはきっちりやってるそうなんですわ、勝手なもんや思いますね。


 ワシ含めて隣近所にも配慮してくれんもんですかな……毎回あそこに人が入ってきて挨拶に来ると気分が悪ゥなるんですわ。


 タオルを持って近所に挨拶に来た夫婦が一週間で出て行くこともざらなんでねえ、隣には引っ越しの挨拶がたまっとる始末なんですな。


 ただ、すぐに越していく方たちはまだええんですわ。問題は長いこと住んでまう人なんですよ。


 あの日はそうめんを持って挨拶に来た男がおったんです。そうめんはありがたく受け取って『長くはないやろなあ』と心の中では思ってるんです。近所のもんもおんなじですわな、どうせすぐ引っ越すやろ思うとったんです。


 ただなあ、その兄ちゃん、家に長いこと住んどったんですわ。


「それは幽霊に強いとかそういうことでしょうか?」


 ちゃいますなあ……ありゃあ家に魅入られたんでしょう。そうなったらもう悲惨ですわ。数日姿を見んなあ思うとったら病院におったそうで、なんや心臓の病気やった言うとりました。ワシも病気の専門ではちゃいますし、何の病気かは分からんのですがな。


 それでもあの家に住み続けるんやからありゃあ本当に死んじまうんじゃないかなんて噂をしとりましたわ。


 ただですなあ……あの家いうんはもっとたちの悪いものみたいですわ。その兄ちゃん、それからも怪我や病気が絶えへんのですがな、決して死んだりはせんのですわ。悲惨でっせ、何しろ体がドンドン自由に動かんようなるのに生きたままなんですわ。


 そのときは流石に隣近所で話し合ってその家のもんに出て行ってもらおういうことになったんですな。ただ、そこはよくないから出て行けなんて言うても意固地になってしまうんですな。あん人が家に執着しとるように家もあの人に執着してるんちゃうかと思うんですな。


 もうみんな必死に出てけいうたらようやく出て行ったんです。もうそのときには原因は医者でも分からんそうなんですが足が動かんようになっておりました。気の毒になあ思いながら引っ越しは皆でてつどうたんです。ようようのことあの兄ちゃんも出て行ったんでみんな一安心でしたなあ……


 その兄ちゃんなんですがな、翌年にワシらのようなあの家の近くに住んでおった者らに年賀状が来たんです。写真が印刷されとってあの兄ちゃんがしっかり立って子供を肩車した写真に『お世話になりました』いうて書いてあったんです。あの家はやはりアカンようやと近所で話してましたわ。


「その家には何が起きるんですか? 何か幽霊が出たりなどは……」


 それが分からんのです。近くのもんはみなあそこはアカンと知ってるんですが、具体的に何かを見たもんはおらんのですよ。ただよくないものやと、そう知っておるだけなんです。


 今もその家はあるそうだが、貸し物件だったものが売物件になっており、ツルモトさんが言うには『買われたらホンマ気の毒になりますなあ』と言っていた。少なくとも今のところは購入者がいないらしい。この先現れたらどうなるか分からないそうだ。

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