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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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ひなびた旅館

 それはヤナイさんが旅行に出ていた時の話になる。


「アレは酷かったですねえ……今でもあの手の怪異ってあるんでしょうか? ネットの発達で消えたような気もするんですがね」


 それはまだネットで宿泊施設の予約が始まったばかりのことだ。


 当時は貧乏旅行をしようと思いましてね、幸い休みはたっぷりありましたし、そのとき原付免許と原付を持っていたんですよ。


 ネットで予約可能な旅館をちょうど手近な位置に見つけたのでそこを予約して意気揚々とバイクに乗って出かけたんです。当時はスマホが無く、PCのみでしたから予約もそれなりに穴場が揃っていたんですよ。


 そうして原付で走っていくと山の中に入った。林道とまではいかないが、舗装されているだけでまともにメンテナンスされているか怪しい道をしばし走ることになった。よく考えると携帯電話も届かない場所なのにどうやってネットのシステムを構築したのだろうかとは思った。


 しかし、外注でもしたのだろうと納得し、しばしそのまま走るとひなびた旅館が現れた。


 出迎えなどしてくれなかったが、ネット予約にしても破格の料金だったのでそこまで期待はしてない。他に宿泊客の車が見当たらなかったので駐車場に原付を止めて中に入った。


「いらっしゃいませ、ヤナイ様でしょうか?」


「はい、予約していたヤナイです」


 それから部屋に通された。薄暗い旅館の中を進んでいき、直に部屋に案内された。ドアを開けて中に入ると鍵を渡され明日のチェックアウト時刻だけを告げて従業員は帰っていった。


「ま、格安だしな」


 そう自分を納得させ、部屋を見る。いかにも日本の伝統的な旅館といった体をしている。縁側に出るとなかなか良い景色が見える。


 ただ、やけにカビ臭い部屋だなとは思った。いかにも古い建物ですといった感じの臭いだ。いや、実際古いのだから仕方ないだろう。


 荷物を置いて携帯電話を取りだしたが案の定圏外だった。ユニバーサルサービスなんて言ってもこんな僻地には届かないか……そう納得してからイスに座って周りを見た。


 昔ながらの旅館にある冷蔵庫があった。電話が見当たらないので飲み物が欲しければここから取ってチェックアウト時に請求となるのだろう。


 中にはビールもあったが、まだ大学一回生だ。こっそり飲んでいるヤツもいるが旅先でそんなトラブルに巻き込まれるのはゴメンだ。


 迷わずオレンジジュースの缶を取ってプルタブを引き剥がして口の中へ流し込んだ。そこで目を白黒させて口の中に入ったものを思い切り吐き出した。腐っているなんてものではないレベルの飲み物が入っていた。なんだこれは、文句を言ってやる。


 そう思って落ち着いて周囲を見渡すと、さっきまで普通の部屋だった場所が廃墟のようになっていた。


 意味は分からなかったがここに居ては不味いと直感が告げたので持っている荷物は全部背負い込んでドアを勢いよく開けて逃げ出した。逃げている途中に周囲を見たが、すっかり廃墟になっていて、とても人間がいるようには見えない。こんなところにいたのかと考える余裕も無く逃げて、旅館だったところから出るなり駐車場のバイクに乗って逃げ出した。


 最後に振り返った旅館は暗く入り口を開けていて、まるで餌を飲み込む化け物のようだったという。


「よく考えたら何で冷蔵庫に入っていた飲み物のプルタブが剥がすタイプになっていたのに気づかなかったんでしょうか? 当時でももう開けてもそのままタブは残るタイプだったんですけどね……」


 ヤナイさんは今も時折旅行に行くが、予約するのに電話を出来るだけ使うようにしているらしい。

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