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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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足跡をたどって

 カワグチさんは重度のネトゲプレイヤーだが、彼によると、『仕事も辞めていないし、キチンとトイレと風呂には行っているから普通』だそうだ。多少普通の感覚がズレているような気がするが、それは彼が深夜にギルドの拠点へ走って帰還しているときの話だ。


 別にその場で落ちてもシステムとしては問題無いのだが、ギルドの会議に参加するのに結局拠点に帰らなければならないので仕方なくそこまで帰っていた。それは拠点近くでの話だ。


 そこは初心者を一歩抜けたくらいのプレイヤーがレベリングに使用するようなフィールドで、今更彼には不要なので時折殴りかかってくるアクティブモンスターを一撃で屠りながら進んでいた。殴られても全く痛いダメージはないのだが、モンスターを連れたままフィールド移動するとついてきたモンスターが近くのプレイヤーに殴りかかる。上級者向けフィールドならその辺も自己責任という暗黙の了解があるが、場所が場所だけにターゲットにされる度倒していた。


 そうして進んでいるとき、一匹のモンスターに苦戦しているパーティがいた。動きが見ただけで分かるほど悪い、タンクがヘイトをきちんと管理していないので時折ヒーラーにターゲットが飛んでいる。なお悪いことにヒーラーも機械的にHPが減ったら単純にヒールをしているので余計と敵のヘイトを稼いでいる。これではいずれヒーラーが落ちて総崩れになるだろう。その上アタッカーも上手ではないのでこの調子でいけば普通に削り倒されてしまう。


 本当は痛い目を見た方がいいのかもしれないが、たまたま自分がその日ヒーラーとして動いていたので、なんとはなしに助けることにした。タンクに最上級のヒールをかける。こんな事をすれば一気にヘイトを稼いでターゲットが飛んでくるだろう。案の定ターゲットが来たので、モンスターを占有しているパーティに『今のうちに倒すといいよ』と雑にチャットを流す。


 少し固まっている連中もすぐに全員で殴りかかってきた。アタッカーどころかタンクやヒーラーも殴っている。適当に敵のヘイトを稼ぐためだけに雑に上位ヒールをパーティにかけて自分からタゲが動かないようにして耐える。レベル差が圧倒的なのでこちらはダメージが通っても全く痛くない。そうしていると徐々に敵も弱っていき、いよいよ倒された。


 パーティはお礼こそ流さなかったが、お辞儀などのエモートをしていたので、たぶんキーボード操作にすら不慣れなのだろう。珍しいことではない。いつでも助けられるわけではないとその場でチャットに流して別れ、ギルドの拠点まで少し遅れて帰ってきた。そこで次の日にログインするだけで皆揃っているだろう。そうしてログアウトをした。


 翌日、勤務が終わると帰宅次第PCをつけた。ネトゲのアプデ情報を見てから、ネトゲ用にしているSNSのアカウントを巡回する。大したことはないと思いながら、ギルメンの連絡を捌いたのだが、そのSNSはアカウントのページへのアクセスログが見えるのだが、そこの一つに『見つけた』というアカウント名があった。それは間違いなく昨日助けたヒーラーのアバターだった。


 別のSNSでメッセージが届いており、『ヒーラーとしての尊厳を奪った』とグチグチ文句が書かれており自分に対する文句と、個人情報が書かれ、『次は公開で情報を流す』と書かれていたので怖くなり、その日ギルドのメンバーに、数日ログインできないが気にしないでくれと伝え、いろいろ聞かれたので『やばいのに目をつけられた』というと、全員が『あぁ……』みたいな対応で納得してくれた。きっと長くネトゲをしているとそういう経験もあるのだろう。


 数日間ネトゲをやめてようやくログインしたら皆温かく迎えてくれたのでホッとしてそれ以来は普通に毎日ログインしている。しかし野良パーティーを下手に助けることはやめた。


「良かれと思ってやったんですがねえ……助けることがいいことだとは限らないんでしょうね」


 彼は現代の人間関係は冷たいなと愚痴りながら謝礼を受け取って帰っていった。謝礼はネトゲのプリペイドカードを希望されたので、その通り数枚のプリカを渡した。どうやら彼はそれでもネトゲをやめるつもりはさらさら無いようだ。

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