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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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つかない電灯

 サイオンジさんは、ある日会社から帰ってきたとき、部屋に入るなりリモコンで灯りをつけようとした。しかしリモコンのボタンを押してもつかないので、おかしいなと思いながらエアコンのリモコンで部屋を冷やす。こちらは問題なくボタン一つで動いた。


 まだ夕方なので明かりが必要ないと言ってしまえばそれまでだが、薄暗くなりつつあるのにイライラしてリモコンのボタンをギュッと押し込んだ。そこで何故か豆球がつく。シーリングライトはLEDなので普通に使っているなら寿命を気にするような物ではないはずなんだけど……


 そう思いながらボタンを何回か押すとライトがついた。リモコンの接点が悪いのだろうかと思いながらその日はそのまま過ごして寝た。翌日、早朝にマンション前に止まっているパトカーを横目に見ながら、また何かあったのかと思いながら出社した。


 今、住んで居るとことは何かとトラブルが多い。住民が居着かないし、元々いた住民も余裕があれば出て行っている。確かになんとなく嫌な感じを覚える建物なのだが、おかげで家賃の相場より安く部屋を借りているのに文句を言うべきではない。そう思って気にせず出かけた。


 その日は一通りの仕事をして電車で帰ろうとしたとき、同じマンションの住人を見かけた。たしか自分の住んでいる部屋の上の住人で引っ越しの挨拶に来たはずだ。あの人は結構なお歳なのにまだ現役なのだろうかと思いながら電車を待っていると回送車が来た。こっちは遅くまで残業しているんだから回送している余裕があるなら客を乗せて欲しいななんて勝手なことを考えてしまう。もちろん運転している人にだって生活はある。だが自分に余裕が無いとそんな当たり前のことさえ考慮できなくなる。


 回送車を見送ると、さっきまでいた老人が消えていた。回送に乗った? いや、乗せるはずはないし、回送は私の住んでいる家とは反対方向に走っていった。同じマンションに住んでいるのだからそちらに乗るのはおかしい。


 ただ……あのおじいさんは少々認知症気味だったし、もしかして……と思っていたら電車が来た。一刻も早く寝たかったのでそれに乗り込んで帰宅した。


 翌朝、早くから玄関チャイムが鳴ったのでチェーンを掛けたまま対応した。そこに立っている男性二人組はおもむろに警察手帳を見せ、一枚の写真を取りだして『この男性を知っていますか?』と効いてきた。そこには昨晩見た顔が写っていた。あの爺さん、何かやらかしちゃったのか……最悪の事態になっていなければいいけどと思いながら昨日某駅で徘徊していましたよとはっきり言うと、二人とも怪訝な顔をして言う。


「こちらの方は一昨日亡くなっているのが発見されたのですが……本当に本人でしたか?」


 間違いなく本人だと思ったが、大体警察の言いたいことも分かったので『似ているだけかも知れませんね』と答えると、この老人が部屋で倒れているのを発見されたことを教えてくれた。事件性はないと判断しているのだが、一応聞き込みをしているそうだ。


 いろいろ思うことはあるが、その知らせを聞いてから部屋のリモコンは全て問題なく動いている。あのおじいさんが気づいて欲しかったのかと思ったが、駅で見たことを考えると、もしかして自分を連れて行こうとしていたのか……と背筋が冷えた。


「こんな事があったんですよ。あの電車の運転手の方は大丈夫なんでしょうか? いえ、そもそもアレが本物の回送車だったかすら怪しいとは思うんですけどね」


 これがサイオンジさんの体験の全てだ。何があったかは分からないが、この件があってから貯金をはたいて引っ越しをしたそうだ。引っ越し先は何も起きていないのを確認しているので問題は起きていないと言う。


 彼女は『私とは何の関係も無いはずなんですがねぇ』と少し愚痴って話を終えた。

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