謂れの無い家
タナカさんの家では頻繁に幽霊が出たそうだ。あるときは庭に、あるときは曲がり角の先に、またあるときは夜中の自室にと場所を選ばず様々な幽霊が出てくる。キリがないので数えるのもやめるほどには霊現象が起きたそうだ。
ただ、タナカさんの家やその周囲一帯には何も幽霊が出てくる要素が無い。墓もなければ寺も神社もない。だがその辺一帯では幽霊の目撃談が多いほどには珍しいものではなかった。
「問題は幽霊が出てくる事じゃないんです……幽霊は何も手出しをしなければ何もしてこないんですよ。ただ、あまり知りたくないこともあるようですね」
彼女はそう言って話を続けた。
私が見たと言えば、始めは夢の中に……縄文人って言って通じますかね? 教科書に載っているようなそういう古い古い人のような姿が夜部屋に入ろうとしたときに見えたんです。思わずドアをバタンと閉めてもう一度開けると普通の部屋に戻っていました。幽霊の痕跡なんて何もありません。
他にも夜中に勉強をしていたら大勢の足音ががたがた鳴り響くこともありました。キッチンで冷蔵庫の前に幾人かが立って物珍しそうに覗いていることもありました。その事は気にならなかったんですよ。もうそういう時代の人なら冷蔵庫なんて珍しいのも無理はないなって思って気にしなかったんです。
いつもその幽霊たちは複数で出てきましたが、何一つ悪さをしなかったんです。食べ物が傷んだりとか病気になったりとかそう言ったことは一切無いんです。ただ現れるだけっていう幽霊たちでした。
ある日居間で昼寝をしていると、廊下への戸の下半分が磨りガラスなんてすが、その向こうに大勢の足ががたがた音を立てていたのに目を覚ましたくらいでしょうか。そのときに磨りガラスの向こうに人の足がいくつも見えたんですよ。驚きはしましたが静かになって戸を開けると何も痕跡なんて残っていませんでした。
結局、特別なことは何も起きずに大学への進学で家を出たんです。近所でも幽霊が出ることで有名でしたが、実害がないので皆『また出たよ』くらいに軽く考えていました。
そうして進学して無事卒業したんですが、実家の近くに就職をしたとき、会社から住居を与えられたんです。一応実家から通えないこともなかったんですけど、どうしてそこを指定したのか不思議に思って上司に聞いたんですよ。そうしたら……
「ああ……あそこな……何もないだろ? 知り合いに土建屋の社長がいるんだがな、あの辺を住宅地にするのを請け負ったんだが基礎工事で大量の遺物が出てな、ほら、そういうのが出ると発掘やら調査やらで延々時間がかかるんだよ。そりゃ害が出るなら地鎮祭でもするんだが、あそこに危ないものは無かったらしく、そっとそう言うものはまとめて埋めちまったらしいんだ。だからあそこには何もないってことに『なってる』んだよ、ああ、この話はあの辺のヤツに話すなよ?」
そう言われてあの幽霊たちが大量にいたことに納得がいったんですよ。そりゃ化けて出ますよね……
でも両親にはその事を伝えてないんですよ。伝えたところでどうしようもないですしね。害もないのであの地域は幽霊と共存していると言えるのでしょう。何も起きてないので良いかと思うんですが、本当に怖いのは幽霊と人間どっちなんでしょうね。ま、私も黙っている時点で同じ穴の狢ですよ。
そう言って自嘲気味に彼女は笑った。曰くのない地域だからと言って何も無いというわけではないらしい。某遺跡が多いことで有名な県の話だ。




