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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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曰くの無い家

 サトウさんが子供の頃住んでいた村のことだそうだ。


「もしあの時違った選択をしたらどうなるんでしょう」


 彼は未だに後悔しているようなしていないような思い出がその村にあるらしい。


 そこには村はずれに空き家があった。その空き家には誰も住んでいないことは明らかなのだが不動産として売ったり貸したりもせず、潰すこともしないで放置してあった。ただ、何故か家が崩れたり汚れたりしている様子はなかった。


 だったら貸すなり売るなりすれば良いのに、そう思ったが大人の考えってのはよく分からないなと思っていた。何故かは知らないが大人がよく考えて決めたことなのだろうと思いながら時折玄関がロープで塞がれた家の前を通っていた。


 みんなただの空き家だと言っているし、曰くというものはついぞ聞けなかったが、何かはあるのだろうと思わせることがあった。


 時折、塾帰りにそこの前を通ることはある。とはいえ、親が車で迎えに来てくれるので車の中から封鎖された家をぼんやり眺めるだけだった。


 しかしある日、父親は残業で、母親は夜勤ということで徒歩で塾に通うことになった。田舎なのでそれほど選択肢はなく、家から遠めの塾に通っていたのだが、その塾から帰るとなると徒歩でその家の前を通ることになる。


 塾が終わる頃にはすっかり暗くなっており、他の友人は両親が迎えに来ているようだったが、自分だけは徒歩で家路を歩いた。


 いつもと違ったのはその家の前を通りがかったときのことだ。そのときは普通の民家だと認識して通り過ぎようとして、よく考えるとそこが空き家だったことに気が付いた。見逃しそうになった理由はその家から玄関の封をしていたロープがなくなっており、家の中からは電灯らしき光が漏れていたからだ。知らなければよくある民家と違いが分からないほどだった。


 別にサトウさんはオカルトが好きなわけではない。いくら世紀末でノストラダムスの大予言が流行っていたような時代だったとしても、あくまでエンタメとして楽しんでいた。


 そのはずだったのに何故かその家が普通になっているのを見ると、『帰らなきゃ』という心にとらわれた。帰るのは家ではなくその空き家へだ、何故そんなことを考えたかは分からない、ただ、その空き家が帰る先なのではないかと思えてしまった。


 そっとドアノブに手を掛けて回すと、ごく自然にドアが開いた。まるで実家のように中に入ったが、当然入ったことなどなく、初めてなのに何故か既視感があった。そこで『お帰り』『入ってこい』という声がした。ああ、おじいちゃんとおばあちゃんの声だと思い足を踏み入れようとして気が付いた。


 一年前、祖母が亡くなり、それを追うように数ヶ月後に祖父は亡くなっていた。だからこれは生きている人間の声ではない。だとしても抗いがたい魅力がその家にはあったのだが、足を必死に動かしてなんとか玄関から一歩出た。すると足が自由に動き大急ぎで逃げ出した。


 そうして家に必死に逃げ帰ったのだが、両親に言ってはならないような気がして黙っていた。翌日登校するときにはその家はしっかり封鎖されており、黒と黄色のロープもしっかり張られていた。


 結局、あの家は何だったのかは聞けずじまいだったが彼は今でも思うそうだ。


「あの時そのまま家の奥まで行ってたらどうなってたんでしょうね?」


 そんな疑問を浮かべる彼に私は答えを持ち合わせていなかった。

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