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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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母の日の偶然

 ユウコさんはまだ若い娘を病で亡くした。それを受け入れるまで随分かかったと言うが、あることがきっかけで娘が居ないのを受け入れたそうだ。


 娘が確かに居たことを残して欲しいと連絡を受けた。


 待ち合わせ場所はファミレスで、彼女曰く『娘がそこのお子様定食を気に入っていたんです』という言葉で話を聞くのはここになった。


 デリケートでもあるので私は失礼の無いように早めに来て彼女を待っていた。そして時間ちょうどに彼女はファミレスに入ってきて私の向かいに座った。


「初めましてユウコです。お時間をいただいてありがとうございます」


「いえ、私もお話を聞きたいですからお気になさらず」


「アレは娘が死んで数年後のことです。当時はまだそれを受け入れられなかったんですが、たまたまなんですが会社から有休を未消化なら取るようにと言われたんです」


 娘のことを考えたくなかったんでしょうね、休み無しで働いて休みの日は一日寝ているような生活でした。夫にも始めは心配を掛けていたんですが、私がいつまでも娘のことにこだわるので、別れて欲しいと言われました。今では仕方ないことだと思います。


 そうしてたまりにたまった有休を消化することになったんですけど、その日がたまたま母の日だったんです。もしかしたら娘が呼んでいるのかもと娘の眠る墓地へ車を走らせたんですよ。偶然ですし、何の根拠も無い話なんですけど、どうしても行きたくなったんです。


 そうして娘を亡くして初めてお墓の前に行ったんです小さなお墓があるだけで、こんな所にいるなんて可哀想だなって思いました。


 それでも、言葉を飲み込んで娘の墓の手入れをしようと決めました。一応元夫が幾らかは手入れをしていたようで、それなりに綺麗だったんですけど、雑草を抜いて枯れてしまった花を交換しようとしたんです。


 花の入った筒からもう枯れてしまった花を抜いて差し替えようとしたんです。そのときに赤い花が見えました。


 あれ? これはワタシのでも元夫のでもないんじゃ……そう考えてその花を取り出すと、それは真っ赤なカーネーションだったんです。何かの偶然かもしれませんし、夫以外の誰かが娘を偲んで挿していったという方がよほど現実的なのは分かります。


 ただ……たまたま有休を取って、たまたまそれが母の日にかぶって、たまたま娘のお墓に行こうと思い立つ、それが全部重なるってどのくらいの偶然なんでしょうね。理屈づけることも出来ますが、私は娘が呼んだんだと思います。何しろ私は娘を亡くしてからずっと停滞していましたし、娘の死を受け入れたくなくて供養さえしていませんでしたから。


 だからきっと意味のあることなのでしょう。私はそう思っていますよ。出来れば花より娘本人に出会いたかったというのが本音ですけどね


 それでユウコさんの話は終わった。彼女の娘の名前は伏せておくが、彼女によると奇跡のような偶然だということだ。

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