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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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流れる水

 化け物は流れる水を渡れないものがいるという。始めに聞いたのは吸血鬼だが、後にいろいろと増えていったような気もする。


 そもそもそんなことを言い出せば島国の日本に化け物など存在できないような気もするのだが、ミツキさんは『本当に流れる水を渡れない化け物も居るみたいです』と言う。


「人面犬……ってご存じですよね? 有名な犬の体に顔だけ人間ってヤツです。都市伝説でブームになりましたけど、それに会ったことがあるんですよ」


 その日、深夜まで残業をしてなんとか電車に乗って帰っている途中、ワンと鳴き声のようなものが聞こえた。犬の鳴き声のようだけれど犬ならばもっと獣らしい音になるはずだ。その鳴き声はどちらかというと犬の鳴き真似をする人間の声のようだった。


 そちらを恐る恐る見ると、体は大型犬、顔にはいかにもチンピラといった風の人の顔がついている。こちらを見てきたので何にも構わず必死に逃げ出した。犬は人間のうなり声を上げながら追ってきたが、気が付くと声が消え、追ってきていた人面犬も消えていた。


「それから時々人面犬に追われることが度々あったんですが、毎回声が突然消えるんです。そこで振り返っても何もいないので何かがあるのだと思いました」


 それから、スマホのマップで移動ログを出して逃げ出している部分を探した。そして地図のどこで人面犬が消えているのか確かめたのだが、その結果、ある程度の傾向が掴めた。


 人面犬は橋を渡れない、それが結論だった。橋を渡ったところで声が消えて歩く速度に戻っている。その事を考えると橋を渡るだけで良いように思えるのだが、一部、橋でもなんでも無い交差点で声が消えている地点があった。


 ここで犬が消えたのは説明がつかない。交通量が多いわけでもない、ただの住宅街の交差点で突然あの人面犬の声が消えている。


 とりあえず橋を渡ると何故犬が消えるのか考えた。そこで思い至ったのが化け物は流れる水を渡れないというものだった。それなら橋を渡ると逃げ切れるのは説明がつく。しかしなんでもないところで忽然と人面犬が消えたことの説明が出来ない。


 ふと気が付いて翌日の昼間に図書館へ向かった。図書館でこの町の歴史という本を探すと昔の町の様子を描いた本が見つかった。そこには昔、治水のために人工の川などを作り、川の堤防を建てたりと、様々な工事をされている様子が描いてあった。


 その一ページに昔の地図というものがあり、戦前くらいまでの様子を書いてあり、スマホを取り出してこのあたりの現代のマップと見比べた。すると人面犬が消えたところは元々川が流れており、今では地下河川になっていることが分かった。


「と、まあこんな訳で人面犬対策は出来たんですよ。分かっちゃえばなんてことはないですね」


 そう気軽にミツキさんが言うので、彼女に質問をした。


「しかしそう都合よく川が見つかるものなんでしょうか?」


 そう尋ねるとミツキさんは軽く笑って答えた。


「今、住んでいる場所が川の中州にあたるので、そこに引っ越してからすっかり人面犬も見なくなりましたね。たぶん諦めてどこかに行ったか他の人を追いかけてるんじゃないですか」


 こうして彼女は普通の生活を手に入れたそうだ。まだどこかを彷徨っているかもしれない人面犬は、まだ水が苦手なのだろうか?

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