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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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遺伝の酒飲み

 ツムラさんは大酒飲みを自称し、今回話を聞いたのも格安居酒屋だ。酒代は私持ちということで話を伺わせてくれるということだ。


 私が時間通りに居酒屋に着いた頃、彼はもうすでに店に入っており、ビールをごくごくと美味しそうに飲んでいた。


「おう、兄ちゃん来たな。まあ座れや」


 私は彼の言うとおり席に着く。彼が飲み放題時間制のところを選んだのはこんな理由だったのだろうとなんとなく分かった。


「怖い話が聞きたかったんだな? まあつまらん話だが聞けや」


 そうして彼が話し始めたところによるとこういう事らしい。


 いやな、アンタも分かると思うが、世の中なんて嫌なことに溢れてるんだよ。うんざりするようなことだって多いだろ? だから俺は酒を飲んでるんだよ。


 まあそれでその日はな、酒を飲もうと冷蔵庫を開けたんだが、間の悪いことに俺としたことが買い忘れてたんだよ。そこで思いだしたんだがな、そういや家族が週に何度も俺の爺さんが祀ってある仏壇にカップ酒を供えてたんだよ。


 普通はやめておこうと思うだろ? 俺みたいなアル中になるとそんなこと微塵も気にしないわけだよ。酒があると思うと飲まずにはいられなくてな、すぐに仏壇にいってカップ酒を持ってきたんだ。温めていると見つかりかねないから酒をさっさと開けて飲んだんだ。常温で放置された日本酒なんて美味しくないって思うかもしれないが、そんなのいちいち気にしねえよ。俺たちは酒が飲みたいのであって、美味しい酒が飲みたいんじゃねえんだよ。


 それで一杯飲み干したんだがな、なんか一本しか飲んでないのに眠気が来たんだよ。普段なら一本くらい朝飯前で飲み干すんだがな。歳というには早すぎるなと思ったんだが和室で横になったんだ。


 そうして夢を見たんだがな、爺さんが何人も車座になって俺を見ながら酒を飲んでるんだよ。見世物にでもなった気分だった。その爺さんたちだが、俺の顔とどこか似ていてな、ああ、コイツらは俺のごせんぞなんだなって分かったよ。


 その夢の中で俺の前に酒が置かれていたんだ『飲め飲め』なんて言葉がどこかから飛んでくる。どの爺さんが言ってるのかは分からないがな、とにかく目の前に置かれたおちょこの酒を飲み干したんだ。すると爺さんたちがニコニコ嬉しそうな表情で俺を見るんだよ。その酒はなかなか美味しくってな、久しぶりに良い酒を飲んだって思ったよ。


 意識が戻ったのは夜も更けてからだったな。外はすっかり真っ暗なんだが頭が痛くてな、普段はカップ酒一杯で酔うような事はないんだがな。たぶんあの酒のせいだろうとは思ってたんだ。


 その日から夜寝ると爺さんたちに囲まれている夢を見るようになったんだ。ただなあ……普通は不気味だって思うんだろうが、そいつらが俺に酒を勧めてくるんだよ。それがまた美味しいのなんのって、徐々に一杯が二杯と増えていってな、夢の中で前後不覚になるまで飲まされるようなことまであるよ。


 前は酒を飲みたい俺のために夢の中だけでも飲ませてくれてるんじゃないかって思ってたんだがな……最近健康診断で悪い数値が出たんだよ。それに落ち込んで家に帰って寝たんだが、その晩の夢に出てきた爺さんたちはなんだか妙に上機嫌なんだよ。まるで俺が体を壊しているのを喜んでいるみたいだったな。そのときは流石に怖いなって思ったよ。


 だがまあ、酒なんてやめようと思って辞められるわけでもないしな、こうして飲みながらあの爺さんたちに俺が加わるんじゃないかって思ってるよ。ま、問題と言えるかだが、俺も最近じゃそれも悪くないって思ってることだな。だからこうして好き放題飲んでるんだよ。


 彼はそう言ってビールをあおった。私はこれが怪談なのだろうかと訝しみつつも、飲み放題の伝票を持って会計を済ませ店を出た。なんとはなしに黄泉戸喫という言葉が思い浮かんだが、それを彼に伝えて怖がらせることもないだろうと思い黙っておいた。


 彼からの連絡はそれきりだが、出来ればそれなりに健康に生きていて欲しいとは思う。

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