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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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微笑む老女

 リンさんは実家に帰るのをできるだけ避けているらしい。その理由を家族に話したことはないので帰ってこいとやかましく言われるそうだ。


「出来ればあんまり帰りたくないんですよね……嫌な思いもしましたし」


 その嫌な思いについて語ってくれた。


 子供の頃にその存在に気づいた。当時はそれが超自然的なものではなく、ごくありふれたもので、どこの家庭でもそうしているのだろうと疑っていなかった。だから物置部屋に座布団に座ったおばあちゃんが居るというのは不思議だと思わなかった。


 少し考えれば父方も母方も祖母は存命でそれぞれの家で暮らしているのだからあのおばあさんが誰なのか不気味に思うだろうが、小学生などそこまで考えがおよばなかった。


 ただ、その老女はいつも不機嫌そうな顔をして物置部屋で真っ赤な座布団の上にちょこんと座っていた。そして部屋に入ってきたリンさんを見ると、憎しみにも近い表情を向けてきた。当時は何故かいつも怒っている人だなとしか思わなかった。


 問題はむしろその老女が笑っているときだった。物置には時々用があったのだが、入ったときにそのおばあさんがニコニコ笑みを浮かべていると嫌な気分になった。始めてそれを見たときは『あのおばあちゃんも機嫌が良いときがあるんだ』と思っていたのだが、そのおばあさんが笑っていた翌日には日本のどこかで災害が起きていた。まるでそれを喜ぶように笑っていたので、その部屋に入るときには彼女の機嫌が悪いようにと祈りたくなるほどだった。


 それからあのおばあさんが他の家族には見えない存在だと理解して、その事を話題に出さないようにした。たまにお使いで何かをその部屋から持ってきてといわれたときは最悪の気分で入った。幸いと言うべきか、入る回数を減らしたときから滅多なことでは笑っているおばあさんをみることはなかった。だからすっかり安心していたのだが、それとは関係無く自然災害が起きたときなど、あのおばあさんはもしかしたら物置で笑っていたのかもしれないと嫌な予感が頭をよぎった。


 しかし、知らなければ責任も何も感じることは無い。だから物置から何か持ってきてと頼まれたときには兄妹に頼んだり、代用品をその辺から持ってきたりなど出来るかぎりの工夫をした。その甲斐もあってあの笑みをみることはなかったのだが、一度最悪な経験をしたそうだ。


 その日、布団に飛び込んで寝ようとしたところで笑い声が聞こえてきた。しわがれ声で、しかし驚くほど大きな声だった。あのばあさんだと直感したが、確認するわけにもいかず、皆聞こえていないのか誰も起きてこないので必死に部屋で耳を押さえながら寝た。


 翌日、彼女の受験した某国立大学の合格発表で受験番号が無いのを見る羽目になり、あのばあさんのせいだと思いイライラしながら物置に入ったのだが、その老女は忽然と姿を消していた。


 未だ誰だったのかは不明だそうだが、彼女が言うには『あれは絶対に良いものではない』と言うことだ。それ以来、滑り止めの大学に合格してから出来るかぎり実家によりつかない生活をしているらしい。

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