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怪奇譚集「擬」  作者: にとろ


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未実装の機能

 カンダさんは自動車免許を合宿で取ったのだが、その頃から自動車は苦手だったそうだ。


「無いなら無いで困らない……のは今のマイナンバーカードが出来たから言えることですね。当時は一番使いやすい身分証が運転免許だったんですよ」


 合宿の時点で運転は苦手だった。幾度となく失敗し、試験ではコースが飛んで、あらぬ方向に行きそうになったりもした。それでも幾らかの延長はあったが、免許を取ることが出来た、そのときの感想は『免許を買う』ってこういう事なのかな? だったそうだ。


 とにかく、教習所の手厚いサポートのおかげでなんとか免許を取ることが出来た。お金さえあるならどうにかなるという免許制度に多少の不安を感じながらも彼は無事免許センターで身分証を発行してもらえた。


 免許を取っても運転はしなかったんですけどね。そうですね……スマホの契約の時には便利でしたね。あとは……銀行口座を作ったりするときでしょうか。車を運転するのにはさっぱり使わなかったんですよ。


 元々車を運転したくて免許を取ったわけでもない。ただ車を運転できる許可をもらっただけで、運転は義務ではないのでほぼ車に乗ることは無かった。


 しかし、彼は会社に言われ出張をすることになった。社用車を運転して地方まで行ってきてくれと言われた。免許を持っていないと誤魔化すとあとあと面倒なことになりそうなので、いやいやながらもそれを引き受け、一日かけて二つ県をまたぐくらいのところに向かうことになった。


 当日、朝から緊張はしていたのだが、どうしようもないと、半ば開き直って出社して車のキーを受け取り出張先まで車を走らせた。運転の機会が少なかったので不安だったが、案外教習所での苦い体験を覚えているもので、まるで隣に小うるさい教官が乗っているかのようにルール通りの運転をしながら高速道路を走っていった。


 眠くなったらサービスエリアで仮眠をとって、また車を走らせると高速の降り口が見え、そこからさっさと高速から降りて町中へ入った。町中はいろいろと緊張する。あまり多くの街灯はない、暗いのを不安に思いながら慎重に運転をした。


 ある交差点にさしかかると、信号が青なのを見て車を走らせようとしたら急に赤信号になっている方から自転車が飛び出してきた。間に合わないと思ったとき、車が勝手に減速した。自転車は何事もないように走り去っていき一安心した。ビジネスホテルに着いたのでその晩は寝て、翌日の朝から一通り仕事をこなした。むしろ仕事より運転の方が大変だなと正直思ったのだが、誰にでも得手不得手はあるのでそれもまた相性というものなのだろう。


 そんな風にあっさり仕事が終わって会社に帰った。そして鍵を返したときに声を掛けられた。


「カンダさん、運転しているところ見たことがなかったんですけど大丈夫でしたか?」


「ああ、ちょっと危なかったけどね、車に自動ブレーキがあって助かったよ」


 正直昔の車なら人身事故になっていたかもしれないところだった。報告はしないが世間話程度なら大丈夫だと思い何気なく言ったのだが思わぬ反応が返ってきた。


「あの車、自動ブレーキ付いてないですよ? オプションなので上が『安全運転すれば必要無い』って言って付けなかったんですけど……何かあったんですか?」


「い……いや、なんでもないよ」


 震える声でそう言ってさっさと退社をした。あの時に何故車が突然減速したのかは分からない。ただ、何かが自分を助けてくれたのだと思う。


「車にも付喪神とか宿るんですかねえ……? って言ってもあの社用車、まだ新しかったんですけど」


 彼はそれからも出来るかぎり自動車の運転を避けているそうだ。今回話を伺いに来たときも、彼は後から自転車でやって来た。だからきっと嘘はついていないのだろうと思うが、そのときのことを論理的に説明することは出来なかった。

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