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花火

作者: 網笠せい

 からころと下駄の音を響かせて子供たちが駆けていくのを、よしこはぼんやりと見つめた。兵児帯が金魚の尾のようにひらひらと踊っている。

 久しぶりに浴衣を着たので、着付けを忘れていて苦戦した。玄関の鏡の前で着崩れがないか、髪型が変になっていないかを確認して、胸元に手を当てる。ふうと息を吐き出して、よしこはようやく下駄に足を通した。

 誰に言うともなく「いってきます」とつぶやいて、玄関の鍵を閉める。近所に住む友人に声をかけると、友人は普段着だった。


「おっ、浴衣かあ! 気合い入ってるね!」

「着る機会、あんまりないからね。……着ないの? 浴衣」

「ビール飲みたいからね!」

「え! 私も飲む!」


 友人は快活に笑って、ビールをくいっと飲む真似をした。よしこもそれにつられて笑う。

 近所の空き地には出店がいくつか出ていた。ヨーヨーやスーパーボールすくい、くじ……子供向けの出店が多い。ビールを片手にながめていると、くじで当てたゴツいモデルガンをガションガションと鳴らしながら、女の子が走り抜けていった。


「地域のお祭りって、久しぶりに顔見知りの人に会う機会って感じがするね。同窓会みたいっていうか」

「おお、その言い草、会いたい人でもいるのかい?」

「焼きとうもろこし食べる?」

「ごまかしよる」


 友人はビール片手にゲラゲラと笑いながら、よしこの肩を叩いた。

 特に会いたい人がいるわけではない。ただ少しだけ、今元気でやっているか知りたいなと思う人がよしこにはいる。元気そうな様子を遠くからチラッと見られたら、それで満足だ。


「隠さんでもよい。名前を聞かせてくれ」

「……同じ学年にいた」


 ぼそっと名前を伝えると、友人は「えっ!?」と目を丸くした。


「全然知らなかったんだけど! 聞いてない!」

「言ってないからね。直接話したこともないから、相手は私のこと、覚えてないだろうし」

「えっ……声かけるとか、付き合うとかは?」

「それは嫌だ」

「嫌なの!?」


 下駄の鼻緒が指の間に食い込んで痛い。少しゆるめながら足をぶらぶらさせるよしこの横で、友人は「訳がわからない」という顔をした。

 よしこは焼きとうもろこしの列に並びながら、話をつづけた。


「遠くから見るのって、その人のことよくわかんないじゃん? だから、そのままがいいかなって」

「どんな人か知りたいとは思わないの?」

「私の想像した彼と、本物の彼は別だからね。彼が鼻をほじってても、まあそういうこともあるだろうと思うし」


 順番が来て、焼きとうもろこしを買う。よしこはすぐに紙の包みから焼きとうもろこしを出して、がぶりとかぶりついた。その様子を見ていた友人が「そっかぁ」と少し残念そうにつぶやいた。


「会うなら、焼きとうもろこしにかぶりつかないって。歯にはさまるじゃん」

「たしかにね」


 遠くの空に花火が上がる。それをながめながらビールを飲んで、よしこは「おお」と声をあげた。


「花火みたいなもんだよ」


【おわり】

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