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6. 観察対象の後輩がもっと面白くなりだした件について


 どういうカラクリだろうか。人が変わったどころではない。

 いつも通り昼食を取りに来た彼は、風貌からして異質であった。


「確認だが、茂杉だよな?」


 清潔感のある身なりに落ち着いた佇まい。顔のパーツは茂杉のままであるが、道ですれ違ったとして茂杉だと気づくことは不可能なレベルの変貌である。


「頭を打った......とかではないよな」

「打っていませんが、そんなにおかしいですか」

「おかしいとかの話ではない程にな」


 私の言葉を受け、茂杉は少し困ったような反応をする。それも謙虚な姿勢でだ。

 表情から見ても、とてもこちらを騙そうとしているとは思えない。


「まあいい、席につきたまえ」

「は、はい」


 流石の私もこの事態に混乱していることを認めざるを得ない。

 とりあえずは着席を促したが、更に驚くことに、茂杉は机の上に自分の弁当箱を広げ始めた。


「お弁当、持ってきたのか?」

「......え、ち、違いましたか?」

「いや、問題はないが」


 昼の食料は全てこちらで用意する約束であり、それが故にこれまで彼が弁当を持参したことは一度もない。

 ここまでくると記憶喪失以外を考えられないのだが、不思議な点は彼に悲壮感が全くないことだ。私も記憶喪失の経験がないため分からないのだが、もっと焦りだとか不安感が滲み出るものではないのだろうか。


「会長のお弁当、美味しそうですね」

「ああ、美味しいぞ」

「いいなあ、食べてみたいなあ」


 茂杉が、無防備で爽やかな笑顔を振りまいてきた。

 パァァ......といった効果音と、光が散りばめられる背景まで見えるのだが。

 しかもなんだ、食べ方が普通だ。

 肘をつかない、弁当箱を片手で持ち、箸を正しく使うなど、全てが至って普通のことなのだが、この普通が茂杉にとってどれほど異常なことなのか、彼を知る者は皆驚く事案である。


「会長、俺といつもご飯食べてくれてますよね。あの、俺と食べて楽しいですか」

「楽しいのかと、ふむ。そもそもの目的が違うな。忘れたのか、君を正すためだよ。とはいえ、単純に私の話し相手をしてほしい思いもあるので、楽しいかと言われたら違うとは言えないな。何せ中々腹を割って話してくれる人もいないものでね」

「何故話し相手がいないんですか」

「恐縮されてしまってな。良くも悪くも、親しみが持てないんだろう」


 友人はいるが、深い話をできる仲の友はいない。高圧的に接しているつもりはないのだが、皆私に対し近寄り難いのだろう。それも仕方ないと割り切ってはいる。

 そういう点で、茂杉は話し相手にピッタリである。

 彼に嫌われ醜聞を広められようが、彼を信じる者はほぼ居なく、私の価値には何の影響もないからな。


「親しみが持てないなんて思わないですけどね」


 茂杉が事もなげに言ってのける。


「茂杉も私と話すことを嫌がっていたじゃないか」

「そうなんですか? でも会長、話してみると思ってたより普通の人って感じだし」

「普通の人......?」


 茂杉の口から出た言われ慣れない言葉に、箸を持つ手が止まってしまった。


「あ、いや別に馬鹿にしてるとかじゃないですよ! たださっきから驚いたり焦ったり、表情コロコロ変わるもんだから、なんか普通の女子高生だなあって感じです」


 女子高生。

 間違いではないが、初めて言われた言葉だ。

 しかも、普通の女子高生とは。


「すみません、俺また変な事言いましたか」


 おかしな表情でも浮かべてしまったのだろうか、茂杉が申し訳なさそうにこちらの顔を覗いていた。


 普通の、と言われ、まず最初に抱いた感情は、単純に悔しいという感情だった。

 自分で思っている以上に、私はプライドが高いらしい。

 人類皆対等だと、誰にでも謙虚な姿勢を維持しているつもりだったのだが、心の底では茂杉からも凄いと思われたかったみたいだ。


 だが同時に、鐘望深春がただの普通の女子高生と思われても、こうやって受け入れてくれる人がいるんだという安堵感も生まれていた。

 しかもよりによって、茂杉に抱かされるとは。屈辱を通り越して面白いでしかない。


「ふっ、はは、あはははは!」

「えぇ、大丈夫ですか?」


 笑いのツボに入ってしまい、いつもの作り笑いではなく、つい素の笑い声をあげてしまう。


「いや、問題ない。女子高生、そうか、確かにな。じゃあ茂杉は、私のことを恋愛対象として見てくれるのか?」

「勿論ですよ」

「それは愉快だな」

「え、ゆ、愉快?」


 何だこいつは。

 本当に記憶喪失になったとして、人間こうも180度性格が変わるのだろうか。目の前の男は茂杉の真反対に居るタイプの人物だ。

 挙げ句の果てには、私と恋愛ができるとまで言ってくれる。

 こんなに心が躍ることは初めてだ。

 これまででも充分面白かった観察対象が、どうやらもっと面白くなってきたみたいだ。



「すまない、昼食を続けよう」

「あ、会長のそのおかず美味しそうだな〜なんつって」

「ああ、美味いぞ」


 私が口に運ぼうとしていたおかずを茂杉が褒めてくれたので、肯定をしながら味を噛み締める。

 ところで茂杉がガッカリした表情を見せたのだが、何故なのかは分からない。

 というか先程も私の弁当を褒めていたよな。他人の弁当に興味を持たずさっさと食せ。



 ふと、茂杉が私の背後に視線を移す。


「どうした」

「いや、入り口の隙間から誰かがこっちを見ていた気がしたんですけど、気のせいかもです」


 茂杉は目を細めながら返答をする。


「そうか」

「俺、目も悪いんですね」

「逆に君にひとつでも良いところがあるのか」

「......何も言えないっす」


 自覚があるのか。やはりこいつは茂杉ではないみたいだ。


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