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3. 私の幼馴染の様子がおかしい件について


 おかしい。

 太郎の様子がおかし過ぎる。


 昨日まではいつも通りのだらしのない太郎だった。


 太郎はどうしようもないダメ人間なのだ。

 しかし、幼い頃からほぼ毎日一緒に過ごす彼に対し、いつの間にか特別な感情を抱いている私がいる。

 太郎と同じ高校を選ぶまでに、だ。

 私が側についてあげないと何もできない太郎を見ると、生涯世話を焼きたくなる。

 あんな奴でも笑った顔は可愛い。よだれを垂らして寝ている顔はもっと可愛い。

 庇護欲なのは分かっている。けれど彼の隣は私以外務まらない自負がある。


 そんな私も、特段彼氏を作ってこなかったわけではない。

 有難いことに告白された事もあり、中学時代は何人かとお付き合いもしてきた。

 ただ太郎で慣れてしまっているからか、過剰に世話を焼いてしまい、なんか思っていたのと違うと言われ、振られてしまうのだ。

 そして私は気づいた。

 私を満たしてくれるのは、太郎しかいないということに。


 話が逸れてしまったが、今日はそんな太郎の様子がおかしいのだ。

 今朝、日課のモーニングコールまでは変わりはなかった。

 起床直後の太郎は、いつも通りの汚い顔で、寝ぼけたようなことを言っていた。

 そこまでは良かったのだが、少し時間が空いて玄関から現れたのは、まるで別人のようなビジュアルに変身した太郎であった。


 ボサボサ頭は小綺麗にセットされており、毎日私が直してあげているネクタイもその必要がないほどに綺麗に結ばれている。

 ピシッとした姿勢からはいつものような気怠さは全く見受けられず、背筋が伸びたからか普段より背が高くなったように感じられる。


「愛莉、待たせてごめん。行こうか」


 これまで待たされたことに対して謝られたことなど一度もない。

 太郎の激変に戸惑っていると、無言で右手を差し出される。


 何、それは何の手なの。もしかして手を繋いで歩くって言うわけ? 無理無理無理、恥ずかし過ぎ! 

 でも、なんか今日の太郎かっこいいし、ちょっとだけなら繋いであげないことも、ない、かも......。


「え?」

「......え?」


 私が仕方なく手を繋いであげると、太郎はこちらの予想と異なる気の抜けた声を発した。


「いや、鞄、持とうかと思って」


 ......え、そういうこと?! どういうこと?!

 もしかして私の鞄を持ってくれようとしたの?! あの太郎が?! 

 何でいきなりそんな優しさ出してくるわけ?! 太郎のくせに!

 もう恥ずかし過ぎて逃げてしまいたい!!


「いい! 自分で持つ!」

「あ、そう?」


 居た堪れなくなった私は、恥ずかしさを隠すように太郎を置いて歩き出す。


「ーーっふふ」

「こ、今度は何よ!」

「いや、手を握ってこられたから、おもしろ......いや、可愛いなって思って」


 ーーは、はぁぁぁぁあ?

 可愛いですって?! 私のことを? 太郎が?

 しかもそんな優しいはにかみ顔で?! こんなの反則すぎるでしょ! 今日の太郎は一体どうなってるの?



 そしてこの会話以降の今朝の登校時の記憶が全くない。

 まるで中学英語のようなつまらない会話を数回交わした気もするが、私の心がここに在らずだった為、その内容すら覚えていないみたいだ。



「凪ちゃん、聞いて、太郎がおかしいの」


 昼休みに入り、普段お昼を共にする親友の凪に、今朝起こった不可解な出来事を話してみる。


「何がおかしいの」

「太郎が、なんか、かっこよくなってたの」

「......惚気」

「違う!!」


 確かに側から見たら惚気でしかない。それは私にも分かっている。けれど本当にそういうレベルではないのだ。


「かっこよくなったっていうか、もう人が違うの! 別人なの!」

「太郎くんが? 心入れ替えたのかな?」

「いや、心も見た目も変わってるの! 朝も私の鞄持ってくれようとしたし、さりげなくずっと車道側を歩いてたし、私のことをか、か、可愛いって言ってたの」

「そんな......。太郎くんじゃなければただの彼氏のウザい惚気だけど、あの太郎くんがそんな紳士的な行動をするなんて、一体どうしちゃったの」

「そうでしょ?!」


 あんなに清潔感のある太郎を見たことない。それだけでなく、顔も10割り増しかっこよくなった風に見えるのだ。

 セットと意識だけでそんなに変わるものか? もしかして太郎って本当はイケメンだったの?

 しかも、だ。午前中に廊下で知らない女子生徒の落とし物をさり気なく拾い渡していた現場を目撃した。

 その女子生徒は確実にときめいていた。私には分かる。

 私以外の女子と話したことがないであろう太郎が! 女子と目が合うだけでキョドってしまう太郎が!

 女子に対しそんなスマートな行動が出来るはずがないのだ!


「太郎のくせに、生意気に女の子と話しちゃって!」

「愛莉ちゃん抑えて抑えて。優しいアイドル愛莉ちゃんの仮面が外れちゃってるよ」

「だってぇ」


 凪から、私が学校でアイドルのように崇拝されているとは以前聞いた。私があまりにも彼氏を作らな過ぎて(中学の反省を元に)、恋愛対象というより推し対象になっているとのことだ。意味が分からないが。


「どうしよう、太郎が他の人に取られちゃったら。しかもね、緊張して太郎とこのまま話せなくなったらどうしよう」

「まあまあ落ちついて」


 私だけの太郎だったのに。

 隣を歩いてきた太郎が、遠い存在になっていくようで不安に駆られる。


「太郎くん今日も生徒会室で会長とご飯食べてるんでしょ? 本当に変わったか確認してこようよ!」


 面白くなってきたと言わんばかりに爛々と目を輝かせる凪に唆され、残りのご飯を駆け足で胃に詰め込んで、生徒会室の前まで到着する。

 部屋の中からは、会長と太郎の話し声が薄ら聞こえてくる。


「ちょっとだけ失礼しま〜す」

「ちょっ、凪ちゃん!」


 凪が躊躇なく扉に手をかけ少しだけ開いてみせる。


「うわ〜、確かに、太郎くん別人みたいだね」

「そうでしょ?!」

「うんうん、まるで普通の人。それどころか表情豊かでイケメンに見えるよぉ」

「そうでしょ......って嘘! どれ!」


 表情豊かな太郎なんて私も見たことないのに!

 あああ、本当だ。真剣な面持ちで話をしていると思えば、唐突に顔を綻ばせている。

 会長はこちらに背を向けているのでその表情までは窺い知れないが、このままだと会長も太郎のことを好きになってしまうかもしれない。


「ほうほう、太郎くんって顔に命が戻るとイケメンだったんだねぇ。あれは確かに、クラスでもモテ始めちゃうかもねぇ」


 隣でまるで名探偵の真似事をしている凪とは違い、私にそんな余裕などない。

 クラスも別、部活も別(太郎は帰宅部)、一緒にいられるのは朝の登校時のみ。

 もしこれで色んな女の子と話し始めたら、私からすぐに離れていかれてしまう。


「やばい、太郎くんこっちに気づいたかも」

「え?!」


 物思いに耽っていたところ、凪の言葉に意識を戻し、太郎の方に視線を向ける。

 ふと、太郎と目が合う。


 ーードキッ。


 自分の胸が、大きく跳ねたことに気づく。

 こんな感情は、今までに経験がない。

 昨日までの私は、もしかすると太郎に対して家族に近い好意を抱いていたのかもしれない。

 それが今は、隣を歩くだけで、手が触れるだけで、あの目で見つめられるだけで、心臓が鳴り止まないのだ。

 

「凪ちゃん、私、本気で太郎を好きになっちゃったかも」

「うわぁ、まじかぁ......」


 凪にとても親友とは思えない温度の返事をされる。

 少女漫画だったら誌面一面使っていた場面だぞ。自分の気持ちに気づいたんだぞ。トクンッて効果音が背景に飛んでいてもおかしくない場面だぞ。

 それをそんな理解できないといった顔で否定も肯定もせずにドン引きするか?

 ほんわか系の凪にそういう一面があることは承知の上だが、ちょいと酷過ぎやしないか。


「面白いもの見れたし、会長にバレる前に戻ろう、愛莉ちゃん」


 あー面白かった、と凪は背伸びをし、飽きてしまったかのようにさっさと歩き出す。

 確かにこれ以上覗き見していたら、いずれ会長にも気づかれてしまう。


 これから太郎とどうやって顔を合わせればいいんだ。


 混乱と、不安と、高まる想いがごちゃごちゃに混ざっているが、他の子なんかには渡さないという強い意志だけは確かだ。


 私が誰よりも太郎を知っているし、誰よりも一緒に過ごしてきたのよ。

 これからもっと積極的に行動して、絶対に私のことを好きにさせてやるんだから。


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