2. どうやら様子がおかしい件について
おかしい。
おかし過ぎる。
何がと思うかもしれないが、順を追って説明する。
まず愛莉との登校だ。
ラノベでは、ツン&デレ満載のデレデレ会話を繰り広げていた筈だ。
だがどうだ、例えるならば中学英語の授業ばりの何の起伏もない会話しか交わされなかったではないか。
元気ですか。はい、元気です。
今日は何曜日ですか。月曜日です。
誇張なしでこの会話だ。
ツンもなければ勿論デレもない。しかも心なしか愛莉も困惑した表情を浮かべていた。
特にイベントも起きないまま学校に着くと、別クラスの愛梨と別れ、遅刻するわけでもなく教室に入り、授業を受ける。
普通だ。
次のおかしな点は、隣の席である蛍ケ野ほのかとのやり取りだ。
彼女も何モテのメインキャラであり、これまた何故か俺のことを好きなおっとり控えめ美少女キャラだ。
隣の席の彼女とは授業中なにかとイベントが発生する。
手始めに1冊の教科書をふたりで見あって、小指が触れてドキッとする。そんな青春を期待した。
だがどうだ、ふたりして真面目にノートを取って、言葉を交わすことなく午前を終えてしまった。
こちらから仕掛けるべくほのかに声をかけようと試みたのだが、勢いよく目を逸らされてしまった。傷ついた。
そして最後のおかしな点は、謎に昼休みを共にする生徒会長の鐘望深春だ。
昼飯を一緒に食べたのはラノベ通りであった。
だが順当にいくと、ミステリアスお姉さんキャラの深春に、いつも通りおかずをアーンされる筈だ。何を言っているんだ俺は。
だがそんな不衛生なイベントもなく、哲学についての意見を真面目に交わし合いお昼を終えた。とても有意義な時間であった。
そんなこんなで初日が終わり、下校を迎えている。
至極普通に授業を受け、健全な学生生活を過ごした。
おかし過ぎる。まさか俺は太郎以下だというのか。
おいおい、何モテを途中でリタイアした俺は、この3人以外の対象キャラを知らないぞ。
ハーレムどころか、イベントが発生する未来すら見えないのだが。
「太郎、ひとりで帰るのか」
下駄箱でひとり悶々としていると、知らぬ男子学生に声を掛けられる。
やけに爽やかでイケメンだが......。思い出した、うちのクラスの委員長だ。
原作でも度々登場する彼は、何故か太郎を気に掛けてくれる人物で、数少ない名前のある男キャラだ。名前は忘れたが。
「一緒に帰ろうぜ」
「あ、ああ」
転生後、最初の下校が野郎とか......。
などとこちらがひっそりと肩を落としていることも露知らず、委員長は親しげな雰囲気で話を振ってくる。
「太郎、今日は随分雰囲気が違うけど何かあったのか」
ーードキリ。
「そ、そうかぁ。特に意識はしてないけど」
「いいや、何と言うか、垢抜けた? 昨日までは陰気臭かったけど、今日はなんかスッキリしているんだよな」
友人に向かって陰気臭いとはなんだ。お前絶対太郎のことを格下に見ているだろ。
「髪型なんて変えちゃって、俺初めてお前の目の全容を見たよ」
「そう......だったか」
変えたも何も、ささっと整えただけだが。もしかして、太郎いつも髪の毛セットしないの? あのボサボサ頭のまま登校してるの? そんな詳細設定は描かれていなかったので、ついいつも通りに整えてしまったではないか。
「もしや好きな子でもできたのか?」
「いや、どちらかというとモテたいというか......」
「モテたい? 太郎が? おいおい嘘だろ。全人類を敵だと思っているお前がそんなことを言うとは」
そうなのか太郎。お前散々言われてるけど、どういう人との付き合い方をしていたんだよ。
「いや、人から好かれたいと思うのは自然の原理だろ」
「普通の人ならな。だってあの太郎だぞ? あの太郎がこんな真っ当な感覚の発言をするなんて、やっぱり何かあったのか?」
あの太郎の話を太郎にするな。その太郎は俺だ俺。
「改心したんだよ。俺も彼女作って青春を送りたいと思ったの」
「彼女って、お前には輝木さんがいるじゃないか。あんなに人気者の幼馴染がいるだけで充分でしょ」
「じゃあ愛莉は俺の彼女になってくれると思うか」
「いや、そう言われると......ないな」
傍目から見たら可能性ゼロなのか。
ちょっともう1日目で心折れそうなんだけど。俺帰る場所ないんだけど。
「いや、今日の太郎を今後も続ければ可能性は生まれるんじゃないか」
委員長が優しく励ましてくれる。
そうだよな、まだ1日目だ。これからいよいよハーレムストーリーに突入していくよな。
そのためにはやはり努力は必要だ。自分に欠けているところを早期発見し改善に努めねばならない。
「委員長、俺に足りないところってどこだと思う」
「足りないところか......。逆に足りてるところを言う方が難しいけど、強いて言えば学力と運動神経と人間性と思いやりかな」
ちょっと委員長優しい顔して失礼の塊みたいな台詞吐いてるけど。
いやでも真面目な顔で言ってるし、太郎が悪いのか。太郎残念過ぎるだろ。
「そっか、ありがとう。ちょっと努力してみるよ」
「おう、でもあまり無理するなよ。太郎は太郎のままでも良いところあるって」
さっきないって言っていたじゃないか。
しかしお陰で俺にも魂が入った。委員長のアドバイスをそのまま受け取ると、要は普通の人間になれば良いわけだ。何も高スペックは望まなくていい。何より太郎に改善の余地があるだけでラッキーだ。
どうせこの世界でする事も自分磨きぐらいだろう。
いっちょ、俺のアオハルを取りにいくとしましょうか。
俺は心の中でひとり静かに決意を固めた。