1. 陰キャ・根暗・卑屈の三拍子!なのにハーレムな主人公に転生した件について
一瞬の出来事だった。
その日はいつも通り部活の朝練に向かっていた。
決まった通学路を走っていると、目の前の横断歩道を渡る女子児童に、車が減速なく向かっている。
やばい。
その瞬間俺の体は咄嗟に動いており、気付けば女子児童の代わりに全身に衝撃を受けていた。
ーーあ、死んだ。
痛みや苦しいなどの感覚すらない。
薄くなっていく視界に、泣き叫ぶ女児と慌てて声をかけてくる運転手の姿をうっすらと捉える。
そして、世界は暗転する。
「ーーいい加減起きなさい太郎!」
バシッと頭を叩かれた衝撃と共に目が覚める。
おいおい、俺は未来ある国の宝をひとり救った英雄だぞ。こんな起こし方はないのではないか。
そもそも太郎とは誰だ。俺の名前は高梨健吾だ。
太郎だろうが二郎だろうが怪我人の頭を叩くのはよくないぞ。脳みそにはな、えーと......大事な組織が沢山あるんだ。多分。
全く、この無礼者は一体どこのどいつだ。
声の方に視線を向けると、そこにはピンク色の髪でツインテールをしている美少女が、再び俺を殴りかねない剣幕でこちらを睨みつけていた。
ピンク色のツインテールって正気か。
可愛いから許させるけど、いやだいぶギリだぞ。
しかも制服のようなブレザーを着ているが、え、これ大丈夫? 合法だよな?
「良い加減起きて準備しなさい! 置いていくからね!」
俺の体にかかっていた布団を雑に剥がされ、通学鞄......のようなもを投げつけられる。
「待て待て、落ち着いてくれ。何の準備だ。女の子はどうなった。ていうか君は誰だ」
「はぁ、あんたバカァ? 遂に頭おかしくなったの? 冗談はあんたのだらしない顔だけにして。私は先に外に出ておくから、あと3分で支度して出てくること。じゃあね」
こちらの投げかけた疑問にひとつも答えることなく、付き合いきれないとばかりの表情を浮かべる少女が部屋から去っていく。
あんたバカァって言われた。何もしていないのに。
あんたバカァをリアルに使っている人が現実にいるとは。もしかしてアニメオタクとか? 髪ピンクだし。
......いや、待てよ。この子どこかで見たことある気が......。
というか、何だこの部屋。俺の部屋でも病室でもない。
上半身を起こし、部屋の中にあった姿見を覗いてみる。
ーー待て待て待て。
鏡に映る自分が自分でない。日本語が間違っている自覚はあるが。
清潔感のないボサボサ頭にダルダルの部屋着。目に光はなく、なよっとした筋肉ゼロの体つき。
姿勢は猫背がデフォルトで、いかにも童貞な......いやそれは俺もなんだけど。
そして俺は鏡に映るこいつを知っている。
『ーーいい加減起きなさい太郎!』
太郎......。
そう、こいつはニッチな層から神作と崇められている話題沸騰中のラノベ、『何もしていないのに美少女たちからモテ過ぎて困っている』通称何モテの主人公、茂杉太郎その人だ。
俺、死んで転生したのか。近年流行っているし。
しかも異世界ではなくラノベの世界に。
思い返せば先ほどの少女も、太郎の幼馴染でツンデレキャラの輝木愛莉張本人だ。
豊満な体つきにツンデレにツインテールにピンク髪に幼馴染と、この世の全ての幼馴染属性を注ぎ込んで出来上がったキャラ設定であり、例に倣って主人公の太郎にひっそりと恋心を抱いている。
このラノベの面白いところは、主人公が陰キャ・根暗・卑屈の三拍子の上に何の努力もしない腐れ野郎なのに、それはまあ様々な女子にモテまくるのだ。
世の隠側に生息する非リアの理想を投影して作られたキャラクターであり、物語を読み進めるとそれはもう気持ちの良いものでしかない。なんせ自分がモテている感覚に浸れるからな。
待てよ。ということは、俺にも遂にモテ期が来るのか。
生まれて17年。人生の全てを剣道に注ぎ、中学まで浮かれた話もなく高校は男子校に進学。日々汗臭い男どもに囲まれて青春を送ってきた。
彼女がいないどころか女の子と手を繋いだことすらない。妹をカウントしていいのなら別だが。
最期に人助けをしたから人生のボーナスステージに突入したのか?
転生なのか夢なのかは分からないが、好き勝手して良いってことだよな?
何モテは友人から借りて少しだけ読んだことがある。活字が苦手で途中でリタイアしたのだが。
確か1巻は幼馴染である愛莉との深掘りだった筈。終盤に告白されて、他の子にも脈がある主人公は身の程知らずにも返事を保留にした筈だ。いや、クソ野郎すぎるだろ。
そうと決まれば学校に行かなければだ。あそこは美少女キャラクターの巣窟だ。そして何故か初期設定でみんな俺のことを気になっている。
そして俺は太郎としてクソ野郎になってやる。どうせ俺の人生ではない。
太郎として、何モテの太郎以上に俺だけのハーレム王国を作るのだ。
「待ってろよ、俺のハーレム人生」
前世の分まで、ハーレム王にのし上がってみせようではないか。