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第3話 鏡の中に映る過去

 ミメッドに対しては、見るのは当然のこと、触れるのだって初めてではない。スポーツジムのインストラクターをしていた自分には殆ど関わりが無かったが、その時はそこまで毛嫌いもしていなかった。


 機械は身体を鍛える必要がない。顧客は皆、正真正銘の人間だからだ。もちろん、教える側も人間だからこそ、力の入れ方や身体の動かし方などを具体的に指導することができる。ドリンクや、タオルなどの備品の管理はそれこそ機械でやればいい。そこにミメッドが入り込む余地など無かったのである。


(金のかからない家政婦が来たと思えばいいか……)


 炊事洗濯といった家事全般はどうしても自分で行う部分が出てきてしまうため、時と場合によってはおざなりになってしまうもの。それに、人が生活を続けていれば、住まいはおのずと汚れてしまうものだ。


 自分の身体だと、汚くなれば当然不快だし、風呂に入らなければとなるのだが、部屋の掃除なんて、そう1日2日で劇的に汚くなるわけでもなく。しかしながら、継続的に清掃しなければ、確実にホコリや汚れは溜まっていく。


 ある程度の分担はしていたものの、日常的な家事の大半は遥に頼っていた形となる。几帳面な性格でもないため、生活環境は悪くなる一方だったのだ。


 つまるところ、こうして我が家にやってきたミメッドに、大きく助けられているというのが現実だった。


『初期設定だけでも、ここまで働いてくれるものなのか』と。

 驚かなかったかといえば嘘になるだろう。


 掃除や洗濯などはもちろんのこと、食事についても万能っぷりを発揮していた。バランスの良い食事を考えた上で、それに合わせて材料の発注も行う。もちろん、届いた食料を使って料理を作ってくれるところまで完璧で、何一つ自分の手でやる必要がない。


 更に言えば、その間にインターネットに接続して映画を視聴しようが、膨大な山となった電子書籍を消化しようが、ランニングマシンで汗を流そうが文句の一つも飛んでこない。なんなら、運動の結果によるデータを収集して褒めてくれさえする。


 どれだけ人間に似せようともミメッドはミメッド。所詮は人の生活を豊かにする道具でしかない。そう割り切り続ければ良かったのだが、自分も結局は人の子であるからして、魔が差してしまうことだってある。


 端的に言ってしまえば、今の環境がつまらないと感じていた。


 AIの進化により、何をするにも不自然さというものがなく、それでいて本来人間が持っているであろう揺らぎすらも無いため、どこか不気味さを感じてさえいた。


「試してみるか……パーソナライズ機能……」


 当初は使うつもりなど露ほども無かったのだが、ここまで刺激が無いと変わったことをしたくなるものだ。とはいえ、自分の個人情報については殆ど入力済みなので、今回変更を加えるのはミメッドの性格についてである。


 これまでは、初期設定である”持ち主の生活を補助する役割”のみを与えていたが、それだと一から十まで肯定しか返さないイエスマンになってしまう。大昔の王様も似たような気分になったから、宮廷道化師を雇っていたのだろうか。


 もちろん、バカにして笑う目的ではない。ある程度の批判をさせるためだ。


 まずは口調を少しくだけた形に変えた。そこから、本来の仕事の何割かを稀に行わないようにして、持ち主が規則正しい生活をしていなかったり、ズボラな行動をしたときには、一定の割合で苦言を呈すようにしてみた。……それこそ、自分が遥と夫婦で暮らしていたときのように。


 洗濯乾燥機が回り終わっても取り出さずにそのままにしていれば、『ちょっと、手が空いてるなら片付けてよ』と皿を洗いながらミメッドが言うのだ。機械ならば決して言わないであろうことを。


 無視していようと、それ以上怒ってくるようなことはない。時間が経てば、自分の仕事であると認識して、洗濯物を取り出し丁寧に畳んで仕舞うだろう。――が、それでも自分が重い腰を上げて洗濯物を片付けた。


 擬似的ながら、人と生活している感覚を思い出している自分がいた。


 一つきっかけができてしまえば、あとはナシ崩しだった。


 一度で終わるはずのパーソナライズ機能の変更も、二度、三度と繰り返して。遥が得意だったことを重点的に任せるようにして、苦手なことを率先して自分がやるようになった。


 生活の様式は合わせたのに、外見が違うのは気持ちが悪かったため、髪型や服装も遥と同じものに変えた。


 声については苦労したものの、『もう少し高く』とか『こういう時は抑揚を抑える』といった細かい注文をつけて、遥とそっくりの声で、そっくりな話し方をするようにした。


「遥……」

「――どうしたの、(わたる)さん」


 ――仮初のものではあるが、またあの頃の生活が戻ってきたような気がした。

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