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歌からくる心

霊夢が最後の一節を歌い終えると、空には雲ひとつない月が穏やかに照らしていた。

その光の下で、霊夢は静かに目を閉じていたが――やがて、そっと視線を戻す。


「……この歌には、大切な想いがあるの」


その言葉を受けて、朝田三佐は少し間を置いてから、まっすぐに尋ねた。

青年のような、純粋な瞳で。


「……どんな想いなんですか?」


それは押しつけでも、好奇心でもなかった。

ただ、心から知りたいという願い。その気持ちが、霊夢の心に静かに響いた。


霊夢は一瞬だけ目を伏せ、そっと髪を耳にかける。

わずかに赤らんだ頬――それは普段の彼女には見られない、少女の顔だった。


「……この歌はね。幻想郷に生きるすべてに捧げた歌なの」


彼女は夜空を仰ぎながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「魔理沙や早苗、そして……仲間たち。大切な、この場所。

ずっと一緒にいたいと、願ってしまうくらい――

それくらい、強く、愛しくて……でも、いつか失ってしまうかもしれないもの」


彼女の声は、どこか震えていた。けれど、決して揺らがなかった。


「……だから私は、ある歌詞に、その想いを込めたの。

『揺るぐこの独占力は〜秤にかけれぬ〜我儘な愛』――」


その言葉を聞いた瞬間、朝田は静かに息を呑んだ。

霊夢の語る「我儘な愛」――それは、巫女としての役割を超えた、少女としての本音だった。


幻想郷を守るために戦う存在でありながら、

同時に、大切な人たちを失いたくないと願う、ひとりの少女の声。


朝田はそっと視線を落とし、目を閉じた。

その想いの重さに気づいたからこそ、彼は何も言わなかった。


代わりに、ほんの少しだけ、優しく微笑んだ。

それは、兵士としてではなく――ただ一人の青年としての、真っ直ぐな答えだった。


そしてその微笑みは、霊夢の胸の奥に、確かに届いていた。



霊夢の言葉は、月光のように静かに、朝田の胸へと染み込んでいった。


――独占力。我儘な愛。

幻想郷を守る者でありながら、大切な人たちを失いたくないという切なる願い。

それは、現場で立ち続けてきた朝田にも、痛いほど分かる感情だった。


だからこそ、朝田は口を開いた。


「……その気持ち、痛いほど分かりますよ」


霊夢が驚いたように彼を見上げる。

けれど、彼の声にはただ、誠実な優しさが込められていた。


「私たちは、任務のために戦います。

でも……誰も、仲間を失いたくて戦っているわけじゃない。

命令に従う以上に――大切な人たちを守るために、戦ってるんです」


霊夢は小さく息を呑み、目を伏せた。

その姿は、幻想郷を守る“博麗の巫女”ではなく、一人の少女のようだった。


朝田は続けた。


「……だから、霊夢さんの歌に込めた想いは、きっと私たちにも通じるものだと思います。

形は違っても、根っこにあるものは同じじゃないでしょうか。

大切なものを守りたい――その一心で、ここに立っているんです」


霊夢は、しばらく黙っていた。

けれどその頬は、どこか照れたように赤くなっていて、

やがて、月を見上げたまま――そっと微笑んだ。


「……ありがとう、朝田さん。

少し……救われた気がするわ」


その微笑みは、儚くもどこか安心したようで、

まるで春の夜風のように、静かに彼の胸を撫でた。


朝田は礼儀正しく一歩引くように立ち直りながらも、

変わらぬ誠実さで、彼女に言葉を残す。


「……私たちがここにいる限り、あなたの大切な場所は守ります。

その想い――確かに、受け取りました」


霊夢は、その言葉を深く胸に刻むようにうなずいた。

博麗神社の境内に、再び静寂が戻る。


けれどそこには、確かな「絆」と呼べるものが芽生えていた。


月明かりは、彼らをそっと照らしていた。



霊夢の声が、夜風に乗ってゆっくりと流れていく。


『貴方の全てに幼く〜委ねたい〜

 弱さ知るあなたは今〜許してくれた〜求めるも欲を〜』


静かに、でも確かに想いがこもったその歌詞を口ずさむ霊夢は、言葉の続きを探すように口を閉じ、そしてふと朝田の方を見た。もじもじと、巫女とは思えないような照れた仕草をしながら、彼女はぽつりと話し出す。


「……この歌詞にも、意味をつけたいの。誰に当たるのか、ずっと考えてきたのよ」


朝田は静かに耳を傾け、彼女の言葉を待っていた。


「魔理沙や早苗……霖之助さんに紫、みんな大切な人よ。

でも、何かが違うの。この歌詞が言っているのは……もっと別の、特別なもの。

なのに、その“答え”が分からないの。きっと、まだ見つかってないのかもしれない。

でも……」


そう言って、霊夢は照れくさそうに頬を指でかきながら、月を見上げた。


「もしかしたら、意外と近くにあるのかもしれないわね。……その答え」


彼女の声は揺れながらも真剣だった。その姿は、妖怪退治を生業とする博麗の巫女ではなく、

確かに――恋に悩み、心を探す、ひとりの少女だった。


朝田はその姿に目を細める。彼は軍人である前に、ひとりの誠実な青年でもあった。

霊夢の想いをからかったり、軽くあしらったりすることはない。ただ、静かに受け止める。


「……霊夢さんがその“答え”に辿り着いたとき、きっと――それは、本当に大切なものになると思いますよ」


その言葉は、優しく、そっと寄り添うようだった。

霊夢は思わず顔を伏せ、小さな声でつぶやいた。


「……だったら、もう少し探してみるわ。その答え……近くにあるって信じて」


彼女の頬がほんのり紅く染まり、風に揺れる髪が月の光を受けて淡く輝いていた。


そして――

その“近く”にいる人物が誰かを、朝田はまだ気づかない。

霊夢自身もまた、気づいていない。


だが、その距離は確かに、少しだけ縮まっていた。



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