表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/218

第74章:儚く美しい歌

静かに夜風が木々を揺らし、神社の灯りがかすかに揺らめく。

朝田三佐は霊夢の言葉に一拍置いてから、穏やかに語りかけた。


「私たちの歌は、貴女が歌ったものほど、儚くも、美しくもないかもしれません。

しかし――それでも、大切な想いが、しっかりと込められています。」


その声はまるで、兵士ではなく、迷いなく自分の心を差し出す一人の誠実な青年のようだった。


霊夢はふっと微笑み、小さく頷いた。


「……そうね。私の歌とは、きっと違うわ。」


そう言いながらも、霊夢の瞳は朝田の目をまっすぐに見つめていた。

違う――けれど、決して交わらないものではない。彼女には、それがわかっていた。


「それでもね……あなたたちの歌には、私とは違う想いが込められてる。

それは――形は違っても、大切なもの。……そう、よね?」


その瞬間、霊夢の表情から巫女としての厳しさが消えた。

彼女は、幻想郷を背負う博麗の巫女ではなく――

ただ、誰かの気持ちを感じ取り、素直に受け止めようとする、一人の少女だった。


朝田はその変化を静かに見守り、優しく答える。


「はい。私たちにとっても、それは確かなものです。

誰かの命、故郷、願い……そうしたものが、歌になる。だからこそ、戦場でも、それが心を支えてくれる。」


霊夢は目を閉じる。

その言葉が、静かに胸に染み入っていくのを感じていた。


「あなたの言葉……なんだか、あたたかいわ。」


「……私も、こうして話せることが嬉しいんです。」


ふたりの間に、言葉以上の理解が生まれる。

それは、幻想と現実の境界に立つ者同士だからこそ、交わすことができた、確かな絆の始まりだった。



夜の静寂の中、神社を包む淡い月明かり。

朝田三佐は、霊夢の歌が終わった後もしばらく黙っていた。だが、やがてその静けさを破るように、そっと言葉を紡ぐ。


「……続きを、歌ってくれませんか?霊夢さんの歌を、最後まで聴きたいんです。」


その声は、どこか不器用で、それでいてまっすぐだった。

飾り気もなく、ただ心から出た言葉――それが霊夢の胸に、じんわりと染み渡っていく。


霊夢は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべ、頷いた。


「……わかったわ。ちゃんと最後まで、聴いてくれるのね。」


そして、再び歌い始めた。


「咲き誇る花はいつか〜教えてくれた〜

生きるだけでは罪と〜……」


その旋律は、先ほどと同じく美しく、そして儚い。

けれど、今はどこか芯のある強さも感じられた。まるで、自分自身にも問いかけるように。


朝田は、目を閉じてその歌に耳を傾けていた。

兵士として聞いているのではない。ただ一人の人間として、その想いを受け止めようとしていた。


霊夢の声は、やがて最後の言葉にたどり着く。


「枯れゆく命よ〜儚く強くあれ〜

無慈悲で優しい〜時のように……」


歌い終えると、霊夢は静かに空を見上げた。

夜空には、大きく白く光る月が浮かんでいる。


「……この歌には、大切な想いがあるの。」


その言葉は、誰かに向けたものではないようにも聞こえた。

けれど、その場にいた者たち――朝田三佐、そして遠くで耳を傾ける兵士たちには、確かに届いていた。


歌とは、想い。

言葉にできなかった祈り。

そして、生きる意味を問い直す静かな時間。


博麗の巫女が紡いだその歌は、幻想郷の空の下で、兵士たちの心にそっと、灯をともしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ