第74章:儚く美しい歌
静かに夜風が木々を揺らし、神社の灯りがかすかに揺らめく。
朝田三佐は霊夢の言葉に一拍置いてから、穏やかに語りかけた。
「私たちの歌は、貴女が歌ったものほど、儚くも、美しくもないかもしれません。
しかし――それでも、大切な想いが、しっかりと込められています。」
その声はまるで、兵士ではなく、迷いなく自分の心を差し出す一人の誠実な青年のようだった。
霊夢はふっと微笑み、小さく頷いた。
「……そうね。私の歌とは、きっと違うわ。」
そう言いながらも、霊夢の瞳は朝田の目をまっすぐに見つめていた。
違う――けれど、決して交わらないものではない。彼女には、それがわかっていた。
「それでもね……あなたたちの歌には、私とは違う想いが込められてる。
それは――形は違っても、大切なもの。……そう、よね?」
その瞬間、霊夢の表情から巫女としての厳しさが消えた。
彼女は、幻想郷を背負う博麗の巫女ではなく――
ただ、誰かの気持ちを感じ取り、素直に受け止めようとする、一人の少女だった。
朝田はその変化を静かに見守り、優しく答える。
「はい。私たちにとっても、それは確かなものです。
誰かの命、故郷、願い……そうしたものが、歌になる。だからこそ、戦場でも、それが心を支えてくれる。」
霊夢は目を閉じる。
その言葉が、静かに胸に染み入っていくのを感じていた。
「あなたの言葉……なんだか、あたたかいわ。」
「……私も、こうして話せることが嬉しいんです。」
ふたりの間に、言葉以上の理解が生まれる。
それは、幻想と現実の境界に立つ者同士だからこそ、交わすことができた、確かな絆の始まりだった。
夜の静寂の中、神社を包む淡い月明かり。
朝田三佐は、霊夢の歌が終わった後もしばらく黙っていた。だが、やがてその静けさを破るように、そっと言葉を紡ぐ。
「……続きを、歌ってくれませんか?霊夢さんの歌を、最後まで聴きたいんです。」
その声は、どこか不器用で、それでいてまっすぐだった。
飾り気もなく、ただ心から出た言葉――それが霊夢の胸に、じんわりと染み渡っていく。
霊夢は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべ、頷いた。
「……わかったわ。ちゃんと最後まで、聴いてくれるのね。」
そして、再び歌い始めた。
「咲き誇る花はいつか〜教えてくれた〜
生きるだけでは罪と〜……」
その旋律は、先ほどと同じく美しく、そして儚い。
けれど、今はどこか芯のある強さも感じられた。まるで、自分自身にも問いかけるように。
朝田は、目を閉じてその歌に耳を傾けていた。
兵士として聞いているのではない。ただ一人の人間として、その想いを受け止めようとしていた。
霊夢の声は、やがて最後の言葉にたどり着く。
「枯れゆく命よ〜儚く強くあれ〜
無慈悲で優しい〜時のように……」
歌い終えると、霊夢は静かに空を見上げた。
夜空には、大きく白く光る月が浮かんでいる。
「……この歌には、大切な想いがあるの。」
その言葉は、誰かに向けたものではないようにも聞こえた。
けれど、その場にいた者たち――朝田三佐、そして遠くで耳を傾ける兵士たちには、確かに届いていた。
歌とは、想い。
言葉にできなかった祈り。
そして、生きる意味を問い直す静かな時間。
博麗の巫女が紡いだその歌は、幻想郷の空の下で、兵士たちの心にそっと、灯をともしていた。