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第73章:博麗神社に届く歌、霊夢の歌

夜の風が、魔法の森から博麗神社へとそっと吹き抜けていく。

その風は、誰かの歌声を運んできていた――軽やかでいて、どこか陽気な**「玉葱の歌」**。異国の言葉で歌われるその旋律に、霊夢は縁側で目を細めた。


「……変な歌。でも、なんだか……あったかい。」


彼女は空を見上げ、誰にも届かぬような声で、ぽつりと口ずさみ始めた。


「色は匂へど いつか散りぬるを……」


それは、かつて霊夢がひとりで編んだ歌だった。

幻想郷という名の脆く儚い世界――そこに生きる者たちの笑顔、傷、そして希望。

全てを包み込むように、霊夢の声は静かに神社の境内を満たしていった。


「彷徨うことさえ 許せなかった……」


その旋律は、兵士たちが歌う軍歌とは異なっていた。

戦場の力強さでも、勝利を讃える誇りでもない。

霊夢の声に宿っていたのは――守りたいものがあるがゆえの、切なさと優しさだった。


やがて、足音が一つ。

静かに鳥居をくぐる気配を、霊夢は感じていた。


「……来たわ。」


境内の階段を登ってきたのは、陸上自衛隊三佐・朝田だった。

あの日、神社を後にする際に残した言葉――「また、帰ってきます」

彼はその約束を果たしに来ていた。


だが、彼は声をかけなかった。

霊夢の歌声があまりにも美しく、尊く、そして傷つきやすいものに思えたからだ。

ただ、その場に静かに立ち、一人の巫女が思いを込めて歌う時間を、敬意を込めて見守っていた。


風がやんだ。霊夢の歌も終わる。


振り返った巫女と、敬礼もせず、ただ帽子を取り胸に当てた男の視線が交わる。


「……来たのね。」


「ええ。あのときの約束を、果たしに。」


二人の言葉は、それ以上でもそれ以下でもなかった。

けれど、その短いやり取りの中に――確かに、交わされた思いがあった。


そして今夜、幻想郷の空の下、戦う者たちと、守る者たちの歌声が静かに響き合っていた。



霊夢の歌声が静かに途切れた時、夜の風が再び境内を吹き抜けた。

鳥居の下には、いつの間にか一人の男――朝田三佐の姿があった。


彼は迷いのない足取りで階段を上り、霊夢の少し前で立ち止まる。

そして、帽子を脱いで胸に当てると、そっと言葉を紡いだ。


「その歌、実に……美しいですね。」


霊夢は驚いたように彼を見る。

けれど、すぐに微笑んで問いかけた。


「……聞いてくれてたの?」


朝田はゆっくりと頷いた。


「ええ。遠くからですが……はっきりと、心に届きましたよ。」


彼の声は柔らかく、けれどどこか芯のある、戦場を知る者の静かな尊敬に満ちていた。


「我々が歌っていたのは……任務の重さ、戦う誇り、あるいは過去に向き合うための歌です。

ですが……あなたの歌は、それとは違う。」


霊夢は彼の瞳をじっと見つめた。

今、目の前にいるのは、鉄の意志で命令を下す軍人ではない。

傷ついた者の心を、ただ静かに受け止めようとする、ひとりの青年だった。


「あなたの歌は……人を癒す力があります。

そして、守るべきものを教えてくれる。

それが幻想であれ、現実であれ……人の生きる意味を、思い出させてくれるんです。」


霊夢は少しだけ頬を染めて、視線をそらした。


「……そういうの、慣れてないのよ。褒められるの。」


「なら、覚えておいてください。私たちが、何のために立っているのか。

どれだけ過酷な状況でも――あなたのような存在がいる限り、私たちは立ち止まらずにいられる。」


彼の言葉に、霊夢はふと笑った。


「変な人ね。軍人なのに、戦うことより……誰かの歌に耳を傾けるなんて。」


「戦うためには、守る理由が必要なんです。」


その言葉は、夜の静寂の中にそっと溶けていく。

二人の間に流れるのは、国も立場も違えど、同じものを守りたいという気持ちだった。


そしてこの夜、幻想郷の神社には、

戦いを超えた静かな誓いと共鳴が、確かに刻まれていた。

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