第65章:束の間の平和と犠牲
―ザリヤ破壊任務後・ある静かな日――
幻想郷に、束の間の静けさが戻っていた。
物理転送システム“ザリヤ”が破壊されたことで、確かに多くの命が救われた。
しかし、それは「終わり」ではなかった。
それは、戦いの一幕に過ぎない。
そして――その代償は、あまりにも重かった。
アルフレッド・T・バーンズ軍曹。
まだ20代半ば、勇敢で、誠実で、未来ある若者だった。
彼は仲間の命を守るため、ザリヤの砲火を一身に浴びて――戦死した。
その報せを受けた時、マクファーソン准将は深く目を閉じた。
あれほどの戦火を潜り抜けてきた彼でさえ、言葉を失うほどだった。
「我々は……何も変えられていないのではないか」
そう、己の胸に問うていた。
やがて、彼は一つの決意をもって故郷アメリカへ帰国し、アルフレッドの遺族と面会した。
小さな庭に、国旗が半旗で掲げられている。
喪服を着た奥様は、憔悴の中でも毅然と立ち、マクファーソンを迎え入れた。
彼は迷いなく、深々と頭を下げた。
「私は、あなたのご主人を守れなかった。軍人として、指揮官として、深く……お詫び申し上げます」
言葉が震える。
彼のキャリアで何度も死を見てきた。それでも慣れることはなかった。
その場に同席していたアレン少佐も、胸元の記章に手を当てながら、ゆっくりと語った。
「アルフレッド軍曹は、立派な軍人でした。……ご家族を思い、仲間を思い、最後まで任務を全うしました。
立派な父親である前に……軍人でした」
奥様は、涙を流しながらも、二人の言葉を静かに聞き入れていた。
彼女の手の中には、軍曹が生前に書いたという小さな手紙が握られていた。
“愛する家族へ――もし僕が戻らなくても、どうか笑っていてほしい。
僕はこの国を、そして未来を守るために生きてきた。だから誇ってほしい”
その手紙は、遺された者たちの心に重く、そして静かに沁みていく。
マクファーソンは黙礼し、空を仰いだ。
その目に滲むものは、悔いと、誓いと、哀しみと、そして微かな希望だった。
「……必ず、意味のある未来にします。軍曹の死を、無駄にはしない」
静かな風が吹く中、二人の軍人は再び幻想郷へと戻っていった。
たとえ傷を抱え、何度倒れても、
彼らは希望を守るために――進み続ける。
―アメリカ・アーリントン国立墓地――
午後、穏やかな風が吹き抜ける広大な墓地に、星条旗が静かに翻っていた。
アルフレッド・T・バーンズ軍曹――幻想郷での作戦中に戦死した、ひとりの若き軍人のため、追悼式が執り行われていた。
その模様は全米へテレビ中継され、ニュース番組は彼の経歴、任務、そして最期の行動を繰り返し伝えていた。
――“仲間を庇い、命を賭して戦い抜いた”
――“幻想郷においても人々を救った英雄である”
会場には軍人、政府関係者、友人、家族が列席し、その中にはマクファーソン准将、アレン少佐、そして国防長官の姿もあった。
式典は、厳粛な軍の儀式で始まった。
音もなく整列する儀仗兵たち。
三発の敬礼射撃――“サルート・バイ・ファイア”。
その銃声は空を貫くように響き渡り、誰一人言葉を発する者はいなかった。
次に星条旗が折りたたまれ、丁重に軍曹の遺族へと手渡される。
軍楽隊が静かに「星条旗よ永遠なれ(The Stars and Stripes Forever)」を奏で、続いて国家が演奏される。
“♪Oh, say can you see, by the dawn's early light…”
涙を拭う者、歯を食いしばる者、胸に手を当てる者――
それぞれが思いを込めて、歌と旗に祈りを捧げていた。
マクファーソン准将は、厳しい表情のまま敬礼した。
「この国は、彼のような兵士によって守られている。
その誇りと責任を忘れず、我々は戦い続けなければならない」
アレン少佐もまた、隣で静かに拳を握る。
――軍曹の死は無駄ではなかった。だが、この死を繰り返させてはならない。
カメラはその様子をとらえ、テレビを見つめる国民の胸にも、自然と敬意と悲しみが広がっていく。
「彼は、祖国のため、家族のため、守るべき者のために戦った」
「だからこそ――我々は最大限の敬意を示す。それがこの国の強さなのだ」
式典の終わり、牧師による祈りが捧げられた。
「神よ、この国を、そして彼が守ろうとした未来を、どうかお導きください――」
空は静かに澄み渡っていた。
一人の英雄の魂が、永遠の安息を得る日。
それはまた、新たな誓いの日でもあった。
。
―幻想郷・博麗神社 本殿居間――
テレビに映るアーリントン墓地の映像。
整然と並ぶ白い墓標の奥で、星条旗を包んだ三角旗が、遺族の手に渡される瞬間だった。
霊夢はその映像をじっと見つめていた。
目を伏せ、口を閉ざしながらも、その胸に去来するものを抑えきれず、ぽつりと呟く。
「…死者に敬意を示し、向き合う姿か…悲しいけど、立派ね」
隣にいた朝田三佐は、静かに立ち上がった。
テレビに向かって制帽を取り、直立不動の姿勢で深く頭を垂れる。
「アメリカ軍の強さと誇りの表れです。
守るために命を賭けた兵士の死を…私は決して無駄にしません」
その言葉には、決意と、静かな怒りと、深い哀悼があった。
魔理沙も腕を組みながら、窓の外を見やった。
「死者への敬意がなければ、平和も生まれない。なかなか深い意味だぜ」
アリスは彼女の隣で静かに頷いた。
霊夢はもう一度、テレビに目を向ける。
アルフレッド軍曹の写真が画面に映る。若く、真っ直ぐな瞳。
「平和って…誰かの犠牲の上で成り立っているってことかしらね」
外では鳥の声が聞こえる。幻想郷の夕暮れは、静かで、どこか寂しげだった。
それでも彼らの心には、確かに届いていた。
遠くアメリカで捧げられた敬意と、誓いと、痛みが――。