第56章:新たな仲間と育まれる絆
――博麗神社・特設迎賓エリア(きりさめ艦内での歓迎は場所の都合上、神社に移された)
夜風が心地よく吹き抜ける神社の境内。提灯が吊るされ、炊き出し班と紅魔館の手作り料理、さらには自衛隊・NATO合同の野戦炊事車がずらりと並ぶ。幻想郷と“外の世界”の垣根が、今だけは溶け合っていた。
霊夢は、その中心で、少しだけ気を張っていた。
「新しい仲間のために宴を開くなんて、わたしらしくもないけどさ……まあ、悪くないかもね」
宴席には、きりさめ艦長・鬼頭二佐をはじめとした各国代表と軍の高官たちが集っていた。
伊吹副長は日本酒の徳利を手にし、マクファーソン准将に注ごうとするが、「副長!私はスコッチしか飲まん!」と断られて笑いが起きる。
アレン少佐とラミレス大尉は料理に舌鼓を打ちつつ、テハン少尉と肩を組んでいた。スターリング大尉は終始落ち着きなく紅茶を探していた。
パク大尉とナイジェル少佐は語り合いながらも、時折厳しい目で警戒区域を確認していた。彼らにとっては、宴とて任務の一環である。
霊夢は、朝田三佐のそばにそっと近づいた。
「……朝田さん」
「ん? どうしたんです?、霊夢さん」
霊夢は少し口ごもる。そして、杯に口をつけて、言葉を整えるように一呼吸置いた。
「ずっと、あなたたちのこと、正直どう扱っていいかわからなかったのよ。わたしたちは、“幻想”の存在で、あんたたちは“現実”の軍人で……」
「……」
「でもね、今日みたいな日を見てると……少し、わかった気がする。あなたたちは、“守りたい”って気持ちでここに来てるんだって」
朝田は驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みに変わった。
「私たちは、命令で動きます。それが軍人です。しかし……その命令の意味を、自分で考えることもできるんです。霊夢さんたちが“ここにいてほしい”って思ってくれるなら、それが一番の意味になるりますから」
霊夢は、少し照れたように笑った。
「……じゃあ、もうちょっとだけ信じてみるわ。あなたたちが、本当に“味方”でいてくれるって」
その言葉に、朝田は真剣に頷いた。
「絶対に裏切りません。ここにいるみんなで、幻想郷を守る。それが、我々の覚悟です」
霊夢は、朝田三佐の言葉を反芻していた。
>「絶対に裏切りません。ここにいるみんなで、幻想郷を守る。それが、我々の覚悟です」
その真っ直ぐな眼差し。制服に包まれた青年の、迷いなき声。
霊夢は、思わず目を逸らしてしまった――というより、顔が熱くなるのをごまかすように、酒を口に運んだ。
(……なによ、こんなの初めて聞いたわよ)
ちら、と横目で朝田の顔を見る。凛々しい横顔に、また胸が妙な高鳴りを見せる。霊夢は自分が動揺しているのがわかって、苦笑した。
その様子を、しっかりと見ていた者がいた。
魔理沙である。
「おーい、霊夢ー。顔、赤いぞ? まさか酔ってんのか?」
「なっ……! ち、違うわよ!」
魔理沙はにやにやしながら肩を組む。
「へぇ~、珍しいな。あの霊夢が誰かにドキドキするなんて」
「う、うるさいっ! ちょっと暑いだけよ!」
「あっそー、じゃあその“暑さ”の原因、あたしが見てこようか? 朝田さんに“霊夢が気になってる”って伝えてさぁ」
「やめなさいッ!!!」
顔を真っ赤にして魔理沙を追いかける霊夢の後ろ姿に、宴席はまた笑い声で包まれた。
一方その頃、少し離れた木陰では――
マルク大尉とアリス・マーガトロイドが腰掛け、静かに言葉を交わしていた。
「あなたの人形劇……とても素晴らしい。まるで兵士の動きを見て作ったみたいだ」
「当然よ。私は記録魔法と観察術を複合してるの。外の世界の技術にも興味があるから……その影響もあるかもね」
マルクは、ふとアリスの持つ“人形”を見つめる。
「兵器ではないものに命を宿すですか……ある意味、我々が忘れたものかもしれないですね」
アリスは少し驚いた顔をし、そっと笑った。
「……あなた、戦うだけの人じゃないのね」
「兵士だって、誰かを守るために戦ってます。時にはそれが、人形のように壊れた心であっても、です」
「なら、その壊れた心は私が縫い直してあげる。人形遣いの役目って、そういうことでしょう?」
彼のグラスと彼女のカップが、静かに音を立てて重なった。
宴は続く。
テハン少尉はパク大尉と共にニコ中佐に挨拶し、スターリング大尉と拳を合わせる。
ラミレスは地霊殿のさとりとチェスを始め、アレン少佐はその解説役を引き受け、咲夜にタイムストップの持続時間について真剣に議論をふっかけられていた。
そして月が昇る中、幻想郷と“外の世界”が静かに交錯し、ひとつの夜が、あたたかく幕を下ろそうとしていた。
宴の翌朝。まだ空気に酒の香りが残る中、博麗神社の裏庭には静かな時間が流れていた。
朝田三佐は、持ち込んだ無線機器の確認を終えたあと、ふと視線を感じて振り向く。
そこには、霊夢が立っていた。巫女服の袖を軽く握りしめ、どこか決意を込めた顔で。
「ねえ、朝田さん。少し、いい?」
その声に、朝田は頷いた。ふたりは神社の縁側に並んで座る。
しばらく、何も言葉はなかった。
鳥の声が、風に揺れる木々が、時の代わりに流れていた。
「……この前、言ってたでしょ。“ここにいるみんなで守る”って」
「ええ。あれが、僕の本心です」
「……あの時、ちょっとドキッとしたの。なんでかなって思ったけど、今なら少しだけ、わかる気がする」
霊夢は少し俯いて、口元に手をあてた。
「私は……幻想郷を守ることが当たり前だった。でもそれを、“一緒に守る”って言われたのは、初めてだったのかもしれない」
朝田は霊夢の横顔を見た。彼女は照れていたが、目だけは真剣だった。
「ありがとう、朝田さん。あなたがいてくれて……よかった」
その言葉に、朝田は静かに答えた。
「こちらこそ、霊夢さん。……これからも、よろしく頼みます」
霊夢は小さく微笑んで、うなずいた。
一方その頃、紅魔館の図書室の一角では――
アリスとマルク大尉が静かに本を読んでいた。
「……あら、大尉…また来たの?」
「アリスさんの“人形術”の理論書、もっと読みたくてな。あと、あなたに会いたかった」
不意打ちのようなその言葉に、アリスの手が一瞬止まる。
「……あなた、相変わらず正直ね。だけど、それ嫌いじゃないわ」
マルクは、アリスの横に座りなおす。
「次の戦いがいつ来るかわからない状況下です。ですから、今のうちに、少しでも心の距離を近づけておきたかったんです」
「じゃあ……そうね」
アリスは微笑んで、彼の肩にそっと寄り添った。
「本だけじゃ、教えきれないものもあるから。私が、少しずつ教えてあげる」
マルクは、静かに「ありがとうございます」と囁いた。
そして神社では、魔理沙がこっそり霊夢の後ろでニヤついていた。
「……にやけすぎよ、魔理沙」
「しょうがねぇだろ? 霊夢のあんな顔、なかなか見れねぇからな」
「……うるさいわね、バカ」
頬を赤くしながら、霊夢は空を見上げた。
そこには、これから訪れる“試練の前の一時の静けさ”――
けれど確かに“絆”で結ばれつつある、新たな仲間たちの姿があった。