第54章:自由への扉作戦
アメリカ・ワシントン D.C./ブラックサイト――
チェ・テハン少尉は、薄暗い部屋の窓から差すわずかな光を見つめていた。
彼の中で、ある決意が固まっていた。
「……自分は生きる。過去を背負っても……これからは、守るために…そう選択しました」
マクファーソン准将はその言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。
「よく言った少尉。君の決断は、無駄にはしない。だが……その選択には、代償が伴う」
――家族の命。
北朝鮮本部がテハンの生存を把握すれば、最も先に標的になるのは彼の家族だった。
妹、母親、そして婚約者――
「私たちが先に動く。自由の扉(Operation Door of Liberty)、本日より発動する」
マクファーソンは机上の作戦図を前に、CIA作戦主任とマクファーレン中将とともに、作戦の骨子を語った。
【自由の扉 作戦概要】
- 北朝鮮国内に潜伏しているCIA協力工作員および韓国軍特殊任務部隊(707特殊任務大隊)を投入。
- テハンの家族を中国東北部の密輸ルート経由で北部山岳地帯へ移送。
- 作戦行動中は北朝鮮正規兵に偽装した工作員チームが随行し、目撃情報の混乱を狙う。
- 緊急時には韓国軍の偽装越境部隊が国境付近で保護を実施し、脱出後は在韓米軍基地を経由してアメリカへ亡命。
マクファーレン中将は言う。
「これは政治的にはきわめてデリケートな任務だ。成功しても、外交問題として非公式にしか処理できん」
マクファーソンは、それでも、と呟いた。
「……彼が未来を選んだ。なら、その未来を守る責任は私たちにある」
一方、幻想郷――博麗神社。
霊夢、魔理沙、朝田三佐、紫たちは、チェ・テハン少尉のレポート・彼の選択について報告を受けていた。
霊夢は静かに言った。
「……あの子は、誰も殺してない。命令に従って動いただけ。それも……ただの“兵士”として」
魔理沙も頷いた。
「なにより……あいつ、自分が間違ってたってわかってる。その上で、生きることを選んだんだ。だったら、信じるしかないだろ」
朝田三佐も報告に目を通し、軍人として言葉を添える。
「祖国に従い、任務に送り出された若者が、使い捨てにされるなどということがあっていいはずがない。……私は、彼の再出発を支援する」
紫は小さく目を伏せながら、つぶやいた。
「幻想郷に迷い込んだのは、偶然じゃなかったのかもね。彼にとっても、私たちにとっても」
脱出の夜
――北朝鮮・慈江道・国境付近の山岳地帯/深夜 01:20
夜の闇が山を覆う中、韓国707特殊任務大隊とCIA工作員チームが、テハン少尉の家族3名を護送していた。
目的地は韓国との非武装地帯(DMZ)南側。そこに、第2歩兵師団の米軍チームが待機していた。
「こちらレッド・フォックス、移動を開始。接近は予定通り、敵接触なし」
通信に無駄な言葉はない。息遣いすら殺した静寂の行軍。
だが、闇の奥には**“黒い刃”――北朝鮮国家保衛省第5部隊**が、密かに待ち伏せしていた。
一方、ワシントンD.C. ブラックサイトの作戦本部では、マクファーソン准将とチェ・テハン少尉が進行中の作戦を監視していた。
「……彼らは、君の家族のために命を懸けている。君が選んだ新しい人生に、ふさわしい代償だ」
テハン少尉の目には、怒りとも悲しみともつかない感情が揺れていた。
「……私の選択は、間違っていなかったんですよね…?」
「それを決めるのは、君自身だ。だが――私は正しかったと考えている」
――深夜 02:05/脱出ルートA・第二渓谷ルート
突如、森の奥から閃光が走る。敵発砲!
「狙撃手!伏せろ!!」
「敵部隊、15名以上!保衛省のエリートか!?」
交戦が始まった。CIA工作員2名が被弾し負傷、残された隊員がテハン少尉の母親と婚約者を庇いながら後退する。
その時、**韓国707部隊のキム中尉**が叫んだ。
「敵の狙いは人質の抹殺だ!捕まえず、殺すつもりだ!」
激戦の中、707部隊はグレネードと煙幕で敵の視界を封じつつ、テハン家族を第2ルートBへ誘導する。
「こちらゴースト・アイ、空挺ドローン展開中。GPSナビ確保、迎えのUH-60到着まで8分!」
負傷者の搬送とともに、最後の突破口を切り拓いたのは、米陸軍デルタフォースの事前潜入班だった。
「レッド・フォックスより最終報告、家族3名確保、脱出完了。……負傷者2人、しかしいずれも全員無事です、任務成功です!」
アメリカ・ワシントン D.C./数日後
亡命を果たした家族は、アメリカ政府の庇護下に置かれ、テハン少尉と涙の再会を果たす。
彼の妹が、かすれた声で呟いた。
「お兄ちゃん……あなたは……生きててくれたのね……」
テハンは、母の手を強く握り締め、ただ一言。
「俺は……もう、逃げないよ」
マクファーソン准将は、レポートを手にしながら、朝田三佐と霊夢に語った。
「チェ・テハン少尉は、今後特殊証人保護下において米政府の協力員として動くことになる。いずれ、我々の任務に加わるだろう」
霊夢は静かに頷いた。
「守るために戦う……私たちと、同じね」
パク大尉『ある意味私の後輩か…あの若い隊員は助かったのか…良かった、私でよければ彼の面倒を見ても良い』
その頃、モスクワ郊外・秘密会議室では、ロシア連邦軍参謀本部と情報局FSBが新たなテロ計画について協議していた。
「“自由の扉”……また一つ、北が情報を漏らしたな」
「……ならば次は、“使い捨ての傀儡”ではなく、“信念を持つ狂信者”を送るべきだろう」
闇は、次なる“火種”を孕みながら、音もなく忍び寄っていた。
」
――アメリカ・ワシントンD.C./ブラックサイト・中庭
夕暮れ時、柔らかい風が中庭の木々を揺らしていた。施設の一角にあるベンチに、チェ・テハン少尉は静かに座っていた。
彼の視線は遠く、空を仰ぎ見るばかりだった。
「……父も、母も、妹も無事だ。だが、自分は……ここにいる」
自嘲めいたつぶやき。そこへ歩み寄る影――パク大尉である。
「テハン少尉……まだ慣れないか?」
「……正直、夢を見ている気分です。あの国の、あの軍の中では……こんな空、二度と見られないと思っていましたから」
その言葉に、パク大尉はしばし黙り、やがて静かに口を開いた。
「マクファーソン准将に、申請した。これからの君のケアや保護に、俺を担当させてくれと」
テハンは目を見開いた。
「……なぜ、そこまで?」
「理由なんかいらない。ただ、君の中に過去の俺を見た気がした。君がたどってきた道を、俺も歩いてきた。……民族も、言葉も、戦った相手も同じだ。だから、放っておけなかった」
しばしの沈黙ののち、テハンはうつむきながらつぶやいた。
「ありがとうございます……。私は、まだ……何もわからない。でも……誰かのために生きたいとは、思ったんです」
――ブラックサイト・司令部/マクファーソン准将執務室
報告書を閉じ、目を細めたマクファーソン准将は、一人つぶやいた。
「……兵士として、民族として、そして人間として。彼を導けるのは、あいつしかいない」
窓の外では、二人の姿が並び、ベンチに座っていた。
互いに言葉はなくとも、同じ空を見上げていた。
「再起と影」
――米軍西部訓練センター・特別訓練区画
チェ・テハン少尉は、防弾チョッキに身を包み、射撃姿勢を取っていた。
無音の訓練場に、精密な射撃音が響く。
「……読み、銃の感触、すべてが違う……」
彼は、かつての北朝鮮軍で受けた訓練と、いま自分が受けている米軍式の戦術教育との差に戸惑いながらも、食らいつくように学び続けていた。
隣にはパク大尉が付き添い、冷静に指導を行っている。
「これは"米軍兵士になる訓練"ではない。守る者としての心構えを学ぶ訓練だ」
パクの言葉に、テハンは小さくうなずいた。
かつて「敵を討つため」に鍛えられた彼が、今は「誰かを守るため」に銃を構えている。
――一方その頃:ロシア・ノヴォシビルスク郊外/特殊戦略拠点「ヴォルクタ」
低く唸るような風が、雪原を覆う。
地下深く、ロシア戦略局(SOBR)の極秘施設で、将校たちがホログラム越しに会議を続けていた。
中央に立つのは、鋭い目を持つヴェルニエフ上級大将。
「紅魔館襲撃は失敗した。だが、北朝鮮兵士の反応から我々が得たものも多い」
背後のスクリーンに映し出されたのは、幻想郷各地に展開するNATO・自衛隊・米軍の配置図。
さらに、テハン少尉の写真も表示されていた。
「ひとり生き残った北朝鮮兵士……その所在は依然不明。だが、情報機関はすでに“再構成”された痕跡を確認している。アメリカが使う気だ。それならば……こちらも、次の駒を動かすまで」
その言葉に、将校たちは黙してうなずいた。
――米国防総省/特別作戦局・ブリーフィングルーム
マクファーソン准将は、国防総省の高官やNATO代表らを前に、静かに語った。
「彼は生き残った。今後は、希望の象徴となるだろう。だが同時に、敵の標的にもなる。我々は彼をただ守るのではない。彼と共に未来を切り拓く」
ブリーフィングの後、マクファーソンは朝田三佐と短く視線を交わし、そしてひとこと呟いた。
「次は……幻想郷に迫る“影”との戦いだ」