第49章:忍び寄る足音・そして衝突へ
夜の帳が迷いの竹林を包んでいた。
北朝鮮特殊部隊・第2分隊の兵士たちは、無言でその深い竹林の中を進んでいた。彼らは地霊殿の偵察を終えた後、南へ移動し、竹林を抜けてさらに西の平地へと向かう任務を遂行していた。
その途中、隊員のひとりが立ち止まり、手信号で部隊の進行を止める。
「……見てください。地面にトレッドパターンの痕跡」
副官がうなずいた。
「大・中型のトラック……HEMTT・M1078か、もしくは日米の自衛輸送車両か。繰り返し通行した跡がある」
この事実に、隊長は顔をしかめた。
「こんな場所にまで、車両を出入りさせているのか……何を運んでいる? 兵器か? 補給か?」
そんな彼らの視界に、突如、赤いマークが現れた。竹林の合間から現れたのは装甲車――**赤十字マークを施したアメリカ製MRAP『マックスプロ』**だった。
兵員輸送兼緊急搬送用に改造されたその車両は、竹林の細いルートを滑るように走行していた。後方の北朝鮮兵たちは地面に伏せ、双眼鏡でその進行方向を追跡する。
「追うぞ。あれは輸送車両だ。何を運んでいるのか……確認する必要がある」
北朝鮮部隊は気配を殺して尾行を開始する。マックスプロが停止したのは、竹林の外れに設けられた仮設の衛生テントと医療拠点だった。M1078トラックが三台、
救護班の人影、立てられた白い幕の中から聞こえる苦しそうな呻き――そこは負傷兵を収容し、治療を施す拠点だった。
だが、彼らにはその意図がわからなかった。
「……クソ。ここにも軍事施設か」
隊長が吐き捨てるように呟いた。
「これは戦術的な布陣だ。彼らは幻想郷全域に拠点を築いている……我々の想像を超えている」
彼の目には、救護所ですら**「拠点」として映っていた**。支援と救援の拠点は、敵の準軍事的拠点として誤認された。
「ここにとどまるのは危険だ。次の目標地点へ移動する」
しかしその時、彼らの頭上で、微かに「カチリ」という音が鳴った。
地面には、小型の赤外線感知式の監視センサーが仕掛けられていたのだ。
***
一方、博麗神社では、霊夢たちが神社の一室に集まり、敵の行動について協議していた。
「竹林の拠点を見られたかもしれない……」
魔理沙が難しい顔をして言った。
「それに、人間の里への接近……あいつら、何を狙ってるの?」
霊夢も不安げに呟く。
朝田三佐が、霊夢と魔理沙、そして華扇を見回した。
「今の動きから考えれば、偵察行動と判断できます。攻撃の準備というより、相手の情報収集が目的でしょう。ただし、それが誤解に基づいているのなら、こちらとしても無視できません」
華扇が深くうなずいた。
「彼らが幻想郷を“占領すべき土地”だと考えているなら、交渉や対話の余地はない……」
「だけど、それでもこちらは誤解を解く努力をすべきよね」
霊夢は神妙な面持ちで答えた。
朝田はゆっくりと頷いた。
「はい。ですが、里に侵入されれば話は別です。あそこは……我々にとっても、最後の一線ですから」
***
そして、その時は訪れた。
北朝鮮第2分隊は、**中立地帯である“人間の里”**の外れに、姿を現した。迷彩服に覆われた彼らの姿を、数人の住民が偶然目撃する。
その目には明確な恐怖が宿った。
彼らが手にしているのは銃であり、持っているのは沈黙と影であった。
そしてその動きは、神社やNATO、きりさめ艦上へと、新たな危機の予兆として走った。
決断の瞬間
午後一時。穏やかなはずの人間の里に、乾いた銃声が鳴り響いた。
市場通りを歩いていた警衛の兵士たちが、突如現れた全身を迷彩服で覆った男たちに気づいたのは、ほんの数秒前のことだった。
「――なに兵士!? 味方じゃない、あれは北朝鮮の武装部隊だ!」
誰かが叫ぶ前に、銃を持った男たちが反応した。
北朝鮮特殊部隊・第2分隊。彼らは民間人と兵士を一目見て、「自分たちが発見された」と判断した。
MP「みんな!伏せろ!!」
警衛の一人が叫んだ瞬間、自動小銃"AK-74"の連射音が狭い通りを貫いた。
人々は悲鳴を上げ、逃げ惑う。
地面に伏せる者、子どもを抱えて逃げる母親。混乱の中、一人の北朝鮮兵が少年と少女に銃口を向けた。
「クソッ、やめろ!」
その瞬間、アメリカ陸軍の兵士が身を挺して子供たちの前に飛び出した。
――銃声。血が舞う。
子供は無事だったものの撃たれた、兵士はその場に倒れた。防弾ベストはボロボロ…心臓を貫かれ、即死だった。
***『緊急事態!アルフレッド軍曹が撃たれました!』
その報告は即座に、幻想郷の複数の拠点に伝達された。
博麗神社。神前に集められた霊夢たちは、その内容に言葉を失った。
「……嘘、でしょ」
霊夢が呟いた。報告を読み上げた朝田三佐が黙して目を閉じる。
「民間人に発砲、しかも……子供に。兵士がそれを庇って殉職。部隊は今なお、民間区域に滞在中。接触困難……」
「なにしてんのよ、あいつら……!!」
霊夢が机を叩いた。怒りがこみ上げる。
「守るべき人間が撃たれて、それを庇った兵士が死んだっていうのに……交渉? 話し合い? ふざけないで!!」
華扇も険しい顔でうなずいた。
「人間の里で血を流させた。しかも子供にまで銃口を向けたとなれば……これはもう、敵対行為よ」
魔理沙も声を荒げる。
「なんでこんなことになってんだよ……幻想郷ってのは、こんなことのためにある場所じゃないんだよ!」
だがそのとき、山森一佐がゆっくりと立ち上がった。
「落ち着いてください、霊夢さん。魔理沙さん。怒るなとは言いません、むしろ当然です……ですが、怒りに任せた行動は、最悪の結末を引き寄せます」
朝田三佐も頷く。
「我々は、戦いに慣れてしまった兵士です。だからこそ知っている。怒りで引き金を引く者は、自分が守るべきものすら見失う」
沈黙が、空間を支配した。
そのとき、衛星回線を通じて一報が届く。東部方面隊総監からの命令だった。
《総監命令を伝達する。人間の里に侵入し、民間人に対する攻撃を実行した敵性部隊を確認。自衛隊はこれを非正規武装勢力と見なし、交渉を断念。事態収拾のため、排除または武装解除を実行せよ》
霊夢は、ふっと目を閉じた。
怒りの火は、まだ胸に燃えていた。だがその火を、冷たい理性で包み込むように、彼女は深く息を吐いた。
「……いいわ。なら、こっちも覚悟を決める。幻想郷を、私たちの“家”を、これ以上汚させないために」
その場にいた全員が、静かにうなずいた。
そして、次の戦いの幕が上がろうとしていた――