第48章:潜入と誤解が生むもの…
夕方、霧に包まれた幻想郷の山間部を、影のような存在が進んでいた。
北朝鮮特殊部隊――その実態は、精鋭中の精鋭で構成された小規模対外工作部隊であり、二つの分隊から成る。第一分隊と第二分隊、それぞれ五名、総勢十名。彼らの装備は旧式ながらも手入れが行き届き、動きには訓練に裏打ちされた無駄のなさがあった。
彼らが得た戦術は、ロシアのクルスク州での共同訓練と、実戦経験に基づくものだった。
森林の中を進む第一分隊の隊長が、手信号で停止を指示する。前方には、地下から立ち上る蒸気のようなものと、大量の機材、そして緑色の車両が確認できた。
「……確認しろ。あのトラック、アメリカ製か?」
副官が双眼鏡を覗き込む。
「間違いありません。M939シリーズ。兵站車両です」
その報告に、隊長は顔をしかめる。
「くそ……まさか、もう弾道ミサイルの配備か?ここで運用を始めているのか……?」
幻想郷の地霊殿――豊富な熱源、地熱発電が可能な地下構造、地上との接触の少なさ。彼らの目には、あまりにも理想的すぎる戦略拠点に映っていた。そして極め付けに
LAV-25・M113・M1131が停中してあった
誤解は、敵意を強化させる。
彼らは知らなかった。そこに存在していたトラックと車両が、地霊殿の住人たちに"人道支援物資'を届けるためのものであることを――。
***
その頃、第二分隊は北東へ展開し、NATOの仮設通信基地に接近していた。
「……見ろ。アンテナが三基、暗号装置と衛星端末……あれは本格的な指揮統制中枢だ」
若い隊員が呟いた。だが、隊長は無言で双眼鏡を構え続ける。視界の中に、青いNATOマークと英語で書かれた「GFS-Command」の文字が映る。
『Global Force Survey』――NATO多国籍部隊 拠点。だが、彼らにはその意味がわからない。ただ、戦術的な指揮所が設置されているという事実だけが、認識される。
「奴ら、本格的に幻想郷を手に入れようとしている……」
第二分隊の副官がそう呟いた時、空気は緊張に包まれていた。
情報の欠如が、疑念を生む。そして疑念は、行動を過激にする。
***
その報告はすぐに、分隊長同士の間で共有された。彼らは合流ポイントを変更し、幻想郷の南東部、妖怪の山を経由して湖方面への移動を開始する。
しかし、その動きは完全に把握されていなかったわけではない。
ハンガリー軍を中心としたNATO諸国の偵察網は
北朝鮮部隊の移動痕跡を再び捉えつつあった。
「前方の踏み跡と枝の折れ方……小隊規模の移動だな。だが、さっきまでの痕跡と方向が違う」
チェルナク大尉が呟き、後ろの兵士に合図を送る。
「奴ら、方向を変えている。湖方面……もしくは、『きりさめ』だ」
その頃、**護衛艦「きりさめ」**では艦橋に緊張が走っていた。
「敵は艦を視認した可能性があります」
伊吹副長が静かに言うと、鬼頭艦長は苦い顔をした。
「まさか、艦をミサイルプラットフォームと誤認したか……?」
「あり得ます。陸地から見れば異常に映るでしょう。通常の軍港でもない場所に、護衛艦が堂々と停泊しているとなれば――」
「……誤解が戦火を呼ぶ。それを防ぐのが、我々の責務だ」
鬼頭艦長は、部下たちに向かって指示を出す。
「電子偽装の強化。哨戒ヘリの警戒航行を再優先に。伊吹副長、演習計画は白紙に戻して再構築する。今は戦闘ではなく、誤解を解くための『作戦』の準備だ」
***
紫もまた、すでに動いていた。
「……誤解が憎悪を生む。そして、憎悪が戦を呼ぶ。それは人間も妖怪も変わらないわ」
彼女は空間の狭間から、幻想郷全体を見渡していた。そこに写るのは、異邦から来た兵士たちの姿、そして怯える妖怪たちの表情。
「……あなたたちはどう動くの? 博麗の巫女に、自衛官たち。いまこそ、“意味”を示すときよ」