第39章:護衛艦きりさめー公開された艦艇そして自衛官たち
晴天のもと、湖には朝から多くの来訪者が列をなしていた。普段は沈黙と緊張を湛える「きりさめ」も、この日ばかりは明るい空気で満ち溢れる
自衛官による安全確認の後、訪問者たちは次々と艦へと案内される。初めて見る艦の巨大さと、その精緻な構造に目を丸くする者もいれば、艦橋のレーダーやCIWS(近接防御火器)を食い入るように見る者もいた。
その中に、幻想郷の面々の姿があった。
「すごいなあ……こんな大きな船が、海の上に浮かんでるなんてね!」
魔法の森の魔女――霧雨魔理沙が、にやりとした笑みを浮かべて甲板からの眺めに声を漏らす。
「魔理沙、あまり騒がないで。これは正式な艦なんだから。」
博麗霊夢が肩をすくめつつも、その目は興味を隠せていない。
その時、艦内放送が鳴った。
「本日は護衛艦きりさめの一般公開にお越しいただき、誠にありがとうございます。副長の伊吹三佐です。艦内では安全に留意の上、ご見学ください。我々の仕事や装備が、皆さんの理解に繋がることを願っています――」
その声を聞いた伊吹萃香は、不思議そうな顔をした。
「へえ…『伊吹』って言った? 私と同じ苗字の人間なんて、ちょっと気になるわね。どんな奴なんだろ。」
一方、機関部の近くでは藤原二等海尉が装備説明をしていた。
「皆様こんにちは、藤原二等海尉と申します、私の右横にあるものはこちらがガスタービンエンジンの吸気口です。通常は高温になるため、整備には機関科の石本さん達が――」
「藤原って言った? へえ、アンタも『藤原』なんだ」
不意に声をかけたのは、藤原妹紅。炎のような瞳を持つ彼女は、真っ直ぐに藤原海尉を見つめる。
「……はい。奇遇ですね、同じ苗字とは。」
少し驚いた様子で藤原海尉が答えると
、妹紅は「変な縁ね」とだけ言い、両者はふっと笑った。
艦載機格納庫では、SH-60L哨戒ヘリの展示が行われていた。そこに駆け寄っていたのは、東風谷早苗と河城にとりの姿だった。
「このヘリ、エンジンがツインなんですね!しかも吊り下げ装置まであるなんて!」
にとりが目を輝かせて機体を舐めるように見ていた。
「この回転翼、風祝としても興味あるわ。人間がこんなに重いものを空に飛ばすなんて…外の世界って本当にすごいのね。」
早苗は感嘆の表情でメイン・ローターを見上げていた。
その傍らに立っていたのが、倉田3佐。海上自衛官として、幻想郷の面々の案内役を任されていた。
「このSH-60Lは、洋上での対潜哨戒に使います。普段は音響センサーを降ろして、潜水艦の音を拾ったり……」
「音で……潜水艦を見つけるの?」
早苗が不思議そうに尋ねると、倉田3佐は頷いた。
「音は海中を伝わりやすいんです。人間の目で見えなくても、音で“探す”ことができる。これも一つの戦い方です。」
にとりは感心した様子で、メモ帳に何かを書き込んでいた。
その頃、艦内の別区画でも、少女たちのあちこちで自衛官たちとの静かな会話が続いていた。
それは軍事を見せる日であると同時に、「何を、どう守っているのか」を伝える日でもあった。
そして、この交流こそが幻想郷と外の世界を結ぶ、最初の“橋”であることを、誰もが少しずつ、実感していた――。
― 誇りと葛藤 ―
艦橋から少し離れた、甲板の一角。喧噪の中から少し離れたその場所に、霊夢と朝田三佐の姿があった。
「ねぇ、朝田さん。」
霊夢がふと真剣な声で呼びかけた。彼女の瞳には、ただの興味以上のものが宿っていた。
「どうして、あなたは“自衛官”なんてものになったの?」
不意の問いに、朝田は少し驚いた様子を見せたが、やがて静かに答えた。
「……人を助けたかったからです。戦うため、だけじゃない。」
霊夢は黙って続きを促す。
「私は高校の時、東日本大震災の映像を見たんです。崩れた街、泣いてる人たち、何もできずに立ち尽くす自分。その時、自衛隊が人を助けてる姿がテレビに映ってて……それを見て、思ったんです。『こんなふうに誰かを守れる人になりたい』って。」
霊夢は静かに頷いた。そしてまた問いを重ねる。
「でも、日本には軍がないんでしょう?なのに、こんな護衛艦を持っていて、訓練して、時には外国と協力して……なんだか矛盾してる気がするけど。」
「……はい。自衛隊は法律上“軍”じゃありません。けれど、もし仮想敵国が攻めてきた時に、日本が無防備では国民と日常は守れない。そのための武装と“専守防衛”です。」
朝田の言葉は静かだったが、その芯には確かな信念があった。
「日本が軍を持たないのは、過去の反省の上に成り立ってる。でも、過去を繰り返さないためには、備えることも必要だと思っています。力があるからこそ、戦わずに済ませられる道もあるはずですから。」
霊夢は腕を組んだまま目を閉じた。
「……なるほど。あなたの言葉、嫌いじゃないわ。」
そして、魔理沙が合流してきた。
「よう、二人とも。マジメな話でもしてたのか?」
「少しだけね。」
魔理沙はにやりと笑うと、朝田に向き直った。
「ねえ朝田さん、自衛官ってのも大変だな。あたし達も毎日戦ってるけどさ――あんたらと違って、命令があるわけじゃない。」
「幻想郷のために戦ってるのか?」
「まあ、そんなとかですね。でも、守りたいって気持ちはあなた方と同じです。誰かが攻めて、誰かが傷つく。だったら、その前に制止させる。それだけです。」
魔理沙の声は、どこか冷静で、少しだけ痛みを含んでいた。
「でもな、あたし達はいつも正しいわけじゃない。時々、止められなかったり、やりすぎたりする。……それでも、やるしかないんだよ。だって、誰も代わりに戦ってくれないから。」
朝田は黙って聞いていた。そして、少しだけ微笑んだ。
「……そうですね、アメリカさんをはじめとする友好国・同盟国はいますが、彼等が本当に助けてくれるのかは不明です、魔理沙さんの覚悟、わかる気がします。守るために戦うってのは、簡単じゃない。けど、そういう人がいる世界なら……きっと、まだ大丈夫です。」
霊夢が少しだけ笑った。
「そうね、まだ希望はあるわ。あなたと話してると、外の世界も案外、捨てたもんじゃないと思えるわ。」
周囲では来場者たちの声と足音が続いていたが、甲板のその一角だけは、別の静けさに包まれていた。
幻想郷と外の世界――
異なる価値観、異なる現実を持つ者同士が、少しずつだが、言葉を交わし、理解を重ねていく。
この日、「護衛艦きりさめ」は単なる軍艦ではなく、「交わりの場所」としての役割を果たし始めていた
交差する世界、交わる言葉 ―
艦の中央甲板では、展示ブースの一角に**NATO即応調査隊「Global Force」とアメリカ軍「Ghost Army」**の隊員たちが設置した戦術展示が並べられていた。最新の防弾装備、個人携行兵器、ドローンシステム、戦術指揮管制装置――そして、実際に運用されている現場映像のスクリーン投影が静かに流れていた。
■ NATO調査隊代表:ヴィッテルチフ少佐と魔理沙の会話
「これが……外の世界の軍事技術か。」
魔理沙が思わずつぶやいた。銃器の無骨な金属の質感、無人機が瓦礫の中を飛ぶ映像。それを見つめる彼女の顔には複雑な色が浮かんでいた。
「我々は、戦いたいわけではない、しかし何も備え無しでは攻撃される可能性があります。」
声をかけたのは、ポーランド軍のヴィッテルチフ少佐だった。30代前半の若いポーランド軍将校で、整った軍服の胸にはポーランドとNATOのバッジが輝いていた。
「ふーん、なぁ、なぜ武器を持ってるんだ? あたしはそう聞きたいね。」
魔理沙の問いに、ヴィッテルチフは一瞬黙った。だが、やがて落ち着いた声で語りだす。
「私の出身はポーランドです。祖父はポーランド侵攻により家を失い、母は旧体制下で自由を奪われた。……自由を守るには、時に力が必要なんです」
魔理沙は腕を組み、少しだけ頷いた。
「自由か……幻想郷も、それは大事にしてるよ。でも力だけで守れるもんじゃない。力を持てば、それだけ責任も背負う。それができる奴が少ないから、あたし達も苦労してんだ。」
ヴィッテルチフ少佐はわずかに目を細めた。
「――その言葉、肝に銘じます。」
二人はしばらく沈黙のまま、展示された銃の前に立ち尽くしていた。
■ アメリカ軍大佐:ラミレスと早苗の対話
艦後部の格納庫では、アメリカ陸軍の大佐・ラミレスが最新型の衛星連携システムの説明をしていた。展示に見入っていたのは、東風谷早苗と河城にとり。
「この回線は即時に現地と衛星をリンクして、前線の状況を司令部と共有できます。最大の目的は、“誤解による戦闘”を防ぐことです。」
ラミレスの説明に、にとりが目を丸くする。
「へぇ、まるで私たちの河童式情報網みたいだね。でもこっちのほうが速そうだなぁ。」
「まさか人間がここまで発展してるとは……神様でも驚くレベルですね。」
早苗の冗談に、ラミレスは笑った。
「私たちも、神を信じている。信仰は戦争を止める力にもなる。」
「でも現実は、戦争の火種になってませんか?」
早苗の鋭い指摘に、ラミレスは少し表情を曇らせた。
「……はい。だからこそ、我々軍人がすべきは、暴力を最小限に留める努力だ。戦争が始まった時点で、私たちはすでに何かを失っている。」
その言葉に、早苗はしばらく沈黙した。そしてそっと呟いた。
「貴方のような軍人がいるなら……少しは希望を持ってもいいのかもしれませんね。」
■ 鬼頭艦長の挨拶と、未来への視線
艦内放送が鳴り響く。鬼頭艦長の重厚な声が船全体に流れる。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。私たち海上自衛隊は、ただ戦うのではなく、“守る”ために存在しています。幻想郷と外の世界が理解し合えるよう、本艦を橋とすることを願います。」
艦内放送が終わると、甲板にいた伊吹萃香がくすりと笑った。
「私の苗字と同じ“伊吹副長”……ふふっ、どんな奴なんだろうね。」
そして近くで展示を見ていた藤原妹紅が声をかける。
「おい、藤原って……あんた、名前なんていうの?」
「藤原二等海尉、です。あ、あの、失礼ですが……も、妹紅さん?」
「同じ藤原として、手加減なしで質問するぜ?」
少女たちと自衛官たちの交流は、どこかぎこちなくも温かかった。全く違う世界の者たちが、少しずつ歩み寄っていく――この日の「きりさめ」は、まさに世界の境界が交差する場所となったのだった