第23章:「平和の灯と迫る影」
人間の里での温かな交流から一夜明けて、紅魔館では再び会議が始まろうとしていた。
その前夜、幻想郷に集った各国の大使たちは、言葉を交わさずとも通じる「何か」に触れ、
この地の尊さを改めて胸に刻んでいた。
それは任務の名目を越えた、“人”としての直感だった。
その静かな感動を胸に、大使たちは次の行動を決めていた。
幻想郷の未来を左右する交渉は、今後さらに重要性を増していく――。
◆
同時刻、東京・永田町――国会議事堂。
「日本政府としては、幻想郷の完全な自治を尊重し、
同時にそれを国際的に保護する体制を検討すべきだと考えます」
石破首相は、防衛大臣や外務大臣とともに、各委員会への説明を行っていた。
「幻想郷を国家として認めるのか」「自衛隊の関与範囲は」――
議論は白熱していたが、全体に共通するのはひとつ。
――幻想郷を守るべきだ、という思いだった。
そして、紫や八雲藍、蓬莱山輝夜ら幻想郷の“賢者”たちも、
日本政府の特別招致を受け、議事堂に赴き対話に臨んでいた。
「我々が干渉を受けすぎれば幻想郷は崩れる。だが、今この時代に孤立は危険でもある」
紫は柔らかな笑みを浮かべながらも、政治家たちの眼差しを真剣に見据えた。
幻想郷という未曾有の存在を前に、日本はその舵取りを迫られていた。
◆
その頃――
CIA、MI6、DGSE、BNDをはじめとする西側諸国の諜報機関は、
ロシア国内で極秘裏に進行中の【オムスク計画】に関連する兆候を感知していた。
クレムリンでは、プーチン大統領、ショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長、
そしてチェチェン共和国のカディロフ首長がクレムリン
地下シェルターで非公開会議を開いていた。
「幻想郷という資源は未知数だ。だが、西側に独占されるわけにはいかん」
プーチンは短く言った。
「……Zarya装置の安定性は不明です。ですが、可能性はあります」
ある科学顧問がそう答えると、ショイグは眉をひそめた。
「その“可能性”が2014年のように国家全域を混乱させる結果にならねば良いがな」
空気が凍る中、ヴェルニエフ上級大将の名が密かに出される。
あの「一週間の失踪」から、彼は変わった――いや、“見てしまった”のだ。
幻想郷を。
【オムスク計画】の真意を知る者はまだごく一部に限られていたが、
西側はその影にすでに「危険な意志」を感じ取りつつあった。
◆
幻想郷ではなおも交流が続いていた。
米軍のマクファーソン准将と、自衛隊・護衛艦きりさめの艦長、
アリス・マーガトロイド、霊夢や魔理沙たちが、
博麗神社で語り合う。
「この場所を守るには、ただの軍事力だけでは足りない」
アリスが静かに言った。
「我々も、ただ守るだけでなく、信頼を築かねばならない」
マクファーソンが応える。
平行して、世界は再び激しく揺れていた。
パキスタンとインドのカシミール地方で武力衝突。
スーダンでは内戦が激化、国連平和維持活動が縮小。
トルコ・イスタンブールではウクライナ和平案に関する多国間協議。
パレスチナ自治区ではイスラエルとの対立がさらに深刻化。
だが幻想郷には、そのような「外の世界の傷」がまだ入り込んでいない。
それが、かえって人々の心を強く揺さぶっていた。