第89章:オペレーション・スカーレット」
――幻想郷外周部、NATO臨時指揮所。冷えた空気の中、静寂が張り詰めていた。
中央のブリーフィングルームに集められたのは、NATO・自衛隊の選抜部隊、そして幻想郷内の協力者たち。
壁に張られたモニターには、無数の衛星画像と海上自衛隊から送られた音紋データ、ロシア極東の地図が映し出されている。
マクファーソン准将が前に立ち、ゆっくりと手袋を外しながら言った。
「これより――
**“オペレーション・スカーレット”**を開始する」
室内にいた全員の視線が、一斉に彼に集まる。
「君たちも既に知っているだろう。霧雨魔理沙少尉が、ロシアの特殊部隊――
偽装した正規軍部隊により捕縛された」
映像が切り替わり、放棄されたフランス軍の車両《プジョーP4》が荒野に横たわる。
「彼女が乗っていたプジョーP4は、日本海に近い地域で放棄されていた。
しかし車両内に彼女の荷物はなかった。全て持ち去られていた。これが偶然か? ――違う」
彼の声が静かに響く。背後のスクリーンには、自衛隊の護衛艦【まきなみ】が日本海で展開する様子。
「同時刻――護衛艦は、日本領海に侵入した未確認原潜を捕捉していた。
追跡した結果、その原潜は領海を離脱、やがてウラジオストク方面に消えていった」
スライドが切り替わる。
「照合された音紋の結果、判明した原潜の正体は……原子力潜水艦。
旧ソ連時代に建造され、現在はロシア太平洋艦隊の精鋭艦だ。
《オムスク》が最後に観測された地点、そこからの航路、ウラジオストク基地の帰還記録……
全てが繋がっている」
しばし沈黙。そしてマクファーソンは顔を上げた。
「現在、CIAの工作員が少なくとも4名、ウラジオストクに潜入中だ。
彼らの報告によれば――魔理沙少尉は、“バンカー25”と呼ばれる施設に拘束されている。
そして、洗脳処置を受けている可能性が極めて高い」
映し出されるのは、かつてKGBが極秘に運用していたとされる施設の外観。
冷戦の亡霊が息を吹き返したような、禍々しいバンカー。
「君たちの任務は明白だ――仲間を救出することだ」
言葉が空気を切り裂いた。
「魔理沙少尉は我々にとってただの兵士ではない。
彼女は幻想郷という、この新たな戦場における最初の同志だ。
今、彼女は囚われている――が、精神はまだ砕けていない。
我々は仲間を見捨てない」
マクファーソンは拳を強く握り締め、言葉を続けた。
「加えて、彼女は“何か”を掴んでいる。
――バンカー25と、その背後にあるロシアの計画、幻想郷侵攻の予兆。
魔理沙を救うことは、我々自身の未来を守ることでもある」
彼は深く息を吸い込み、静かに言い放った。
「オペレーション・スカーレット、発動。
霧雨魔理沙を、取り戻せ」
部屋の空気が震えた。
兵士たちが黙って立ち上がる。
その目には、ただ任務ではない、信頼と覚悟が宿っていた。
この夜、幻想郷外で最も危険な作戦が始まる。
一人の魔法使いを救うために。
そして世界の崩壊を食い止めるために。