「欺かれし命令、迫る森の影」
幻想郷・地下融合炉施設前 午後五時三十二分
マルク大尉は車両から降りるなり、MPの検問所を駆け抜けた。兵士たちは驚いた顔で敬礼するが、それすら目に入らない。
「マルク大尉、どちらへ!」
「緊急命令で来た。融合炉に異常があると聞いた!」
だが施設内に踏み込んだその瞬間、目に飛び込んできたのは――
すでに逮捕・拘束されている男たち、現場で冷静に対処にあたる軍警察と自衛隊、そして現場指揮を執るニコ中佐の姿だった。
「……マルク?」
「ニコ中佐!一体何が――」
「君がここに何の用だ?この件はMPと警察、自衛隊に通達されていたが、君には何の命令も出していない」
「……中佐、どういうことですか?中将から直に命令を受けた。私に“現地確認に急行せよ”と…!」
「そんな連絡、私は知らない。そもそも、中将は今、司令部でマクファーソン准将と会議中だ。情報収集中で通信に出られる状態ではないはずだ」
マルクの胸が冷えた。
「……まさか」
「念のため、通信ログを確認させてもらう」
ニコ中佐はすぐに携帯端末を操作し、基地ネットワークの通信履歴にアクセスした。
シエラデルタ基地・司令部 通信室
「……はい、通話記録は残っていました。しかしこれは――変声器による音声合成と確認されました。声紋認証が一致しません」
「馬鹿な……音まで、完璧に“マクファーレン中将”だった」
「さらに、この通話の時間帯――午後4時42分から5時17分まで、中将と准将は会議室で機密会議の映像記録が残っている。この映像と音声データは真正と確認済みです」
映像には、マクファーレン中将が通信機のない会議室の卓に着き、厳しい顔でモニターを見つめながら各国代表と協議している様子が克明に映されていた。
「……完全に、嵌められたということか」
マルクは震えるように言った。彼を“神社から引き離す”ための罠だった。
魔理沙を狙う何者かによって、彼自身が“護衛線の穴”にされた。
「くそっ……!」
怒声を上げながら、マルク大尉は端末を開く。
「プジョーP4のGPSログ、今すぐ――!」
画面に表示された座標は、魔法の森・北部断崖近くの広場。そこは魔理沙が目指していた探索地だった。
「間に合ってくれ……!」
マルクは車両に飛び乗り、ブレーキを鳴らしながらシエラデルタ基地を飛び出していった。
幻想郷・魔法の森北部断崖付近 午後六時一一分
到着したその広場には――
血痕。
焦げ跡。
裂けた枝と砕けた地面。
そして何より――魔理沙の帽子が、地面に落ちていた。
マルクは言葉を失った。
「くっ……遅かった……」
朝田三佐の無線機は雑音しか拾えず、他のフランス兵は全員姿を消していた。
魔理沙も、霊夢も、そこにはいなかった。
そこにあったのは、“戦いの痕跡”と“静寂”だけだった。
その場に膝をついたマルク大尉の耳に、風が木々を渡る音だけが虚しく響いていた。