影、胎動す──黒き作戦「マーリシャ計画」
黒海艦隊司令部
北の曇天に煙る黒海沿岸、冷たい風の吹く軍用施設の一室。
その地下深く、鉄扉に隔たれた小さな会議室に集う男たちは、いずれもロシア連邦軍参謀本部の"影"に属する者たちだった。
「――やはり、魔理沙を狙うのかのですか?」
ザカリン少佐の声が重く響く。
ヴェルニエフ大将は、無言で首を縦に振った。
その手には、霊夢と写る一枚の写真。そこに並ぶ少女、霧雨魔理沙。幻想郷におけるもう一つの象徴的存在。そして――“霊夢の心”だ。
「霊夢を直接狙えば、幻想郷全体を敵に回す。だが、魔理沙を“奪えば”どうなるか。あの巫女は心を乱される。彼女は戦力としてはもちろん、感情の中枢として存在している」
ヴェルニエフの言葉に、作戦担当の軍務官が資料を差し出す。
そのタイトルにはこう書かれていた。
“マーリシャ計画”
精神制御誘導型作戦案(元MK-Ultra/心理改造プログラムを応用)
「幻想郷の地下核融合炉を破壊し、“西側”と“日本政府”の責任にすり替える。SNS、メディア、そして“デモ”。騒乱の中に共産主義思想を持つ者たちを紛れ込ませ、混沌を拡大する。その裏で魔理沙を拉致する――」
「原潜ウラジオストクに連行し、旧ノヴォロシースク基地で洗脳実験に入る。麻酔と薬物で認識を混乱させ、光も音もない部屋で精神を壊す。そして、最後に彼女の心に植え付ける。**『すべては西側の裏切りのせいだ』と――」
ペトロフが読み上げた作戦骨子に、室内の空気がひときわ冷たくなる。
「我々には“ザリヤ物理転送装置”がある。量子テレパーテーションとプラズマ転送を併用した極秘試作兵器だ。幻想郷からの回収にも使える」
「だが――」
若い将校が一歩前に出る。「ゴーストフォースとベクターハウンドが動いています。我々の策を探知している可能性が高いです」
「当然だ」ヴェルニエフは笑みを浮かべた。「マクファーソンは動く。あの男は“影の作戦”に敏感すぎる。だがまだ動いてはいない。西側は“抑止”に留まっている段階だ」
「U-2の投入も確認された。幻想郷南方の高高度を定点旋回中」
「オーロラ計画も動いているか……ではこちらも仕掛けよう。“ブラックアウト陽動作戦”を**“机上から現実へ”**進める時だ」
ペトロフ少佐は、静かに命令書に署名を入れた。
「了解、作戦フェーズI──潜入と核融合炉干渉コードの挿入。暴動誘発用SNSアカウント群、工作員用市民データベース、共産党関係者のリストも既に更新済みです」
「よろしい。あくまで幻想郷を“混沌”に導くのが我々の任務だ。“力”ではない、“錯覚”と“情報”こそが最も深い侵略になる」
【幻想郷・哨戒域南端:ゴーストフォース前線観測所】
冷たい風が吹く幻想郷外縁の山中、光学迷彩で覆われた小さな仮設拠点。そこに身を潜めていたのは、JSOC直轄の特殊部隊──ゴーストフォース。
「U-2が上空通過、画像受信完了。核融合炉の周辺にEM信号の異常集中を確認」
ウィリアム・ケース少佐は、衛星データに目を通しながら呟いた。
「……妙だな。発信元は内部じゃない。外部から干渉を受けている可能性が高い」
「つまり、誰かが核融合炉に“仕掛けている”ってことか?」と、隣で観測を担当していた兵士が問う。
「その通り。そして俺の直感では、あのヴェルニエフって老将の“癖”だ。幻想郷の中を混乱させて、何かを奪う気だ」
ケース少佐の視線は、静かに一枚の写真に落ちる。
そこに写るのは、霧雨魔理沙と共に笑う霊夢だった。
「対象は“彼女”だな……急がねばなるまい」