影の傭兵、月の声」
【PMC内部 :VECTOR HOUND 前線指揮所】
かつてアフガンの山岳地帯で活動していた男たちが、今は幻想の地にいる。
「ナイトフォール、ブラックボーン、ヒュージ…全員揃ってるか?」
スティーヴ・カーヴァー中尉、VECTOR HOUND部隊の現地責任者は、アーマーの端末を叩きながら周囲に目を配る。
彼らは米国防総省が直接契約した「契約戦術集団」――つまり合法的に承認された傭兵部隊だ。
「……ここには民間人が“魔法”を使ってくる。だが俺たちはあえて手を出さない。なぜだ?」
「“現実”の意味を、幻想に見せるためだ」
PMCの兵士たちは全員、かつて世界のどこかで“失われた戦争”を経験している。
湾岸、アフガン、シリア、リビア、あるいは――ウクライナ。
そんな過去を背負った者たちが、今、幻想郷という“歴史の外側”に踏み込んだのだった。
「スティーヴ中尉、さっきの演習……結界干渉の兆候ありました」
「記録は?」
「DARPA-ECHOで記録。米本国に送信済み。だが、一部は“閲覧制限コードG-7”でロックされてます」
スティーヴは短く呻いた。
「G-7……つまり『ゴースト・アイズ』か。あの計画、まだ動いてやがったとはな」
※「ゴースト・アイズ」とは、かつてマクファーソン准将がJSOC特殊部隊時代に関与していた極秘の“次元戦略情報計画”。
幻想郷の存在が囁かれていた時期と符合する。
【月の使者、綿月依姫の懸念】
場所は――幻想郷 月面連絡拠点・衛星通信対話室。
綿月依姫は、通信回線を通じて八雲紫と会話していた。
「紫、私はあなたに問いただしたい。
なぜ、あのような“現実世界の傭兵”をこの幻想に入れたのですか?」
「“入れた”わけではないわ、依姫。彼らは“導かれた”の。結界のゆらぎを辿ってね」
紫の声は、どこか達観していた。
依姫の眉が僅かに動く。
「あのPMC……VECTOR HOUND。彼らが持つ装備、AI支援型の重火器、無人攻撃システム、そして“空間探査技術”。
あれらは、もはや幻想郷の法則を侵すレベルです。もし干渉が進めば、月の安定も危うい」
「でも、私たち月の民が干渉しなければ、幻想郷は“現実の勢力”に押し潰されるかもしれないわ」
沈黙。
「依姫、あなたは“守るべき幻想”と“新たな現実”の間にある選択を迫られているの。
幻想郷はもう、閉じた箱庭じゃいられない」
「私はまだ、見極めている……紫。彼らが“敵”なのか、“共に歩む存在”なのかを」
【八雲紫とマクファーソンの会談(非公式)】
博麗神社の裏手。夜。
月明かりに照らされながら、マクファーソン准将は八雲紫と対面していた。
「……私が若い頃、“オーロラ”を見たことがあります。
あれはCIAの機体だ。次元歪曲とステルス高高度飛行の試作……
あの時も、敵は見えない何かでした。今も同じです」
紫は黙って聞いていた。
「あなたは、我々を警戒している。しかし、我々もまたあなたを警戒しています」
紫の瞳がわずかに揺れた。
「そうね。でも、幻想を守るには時として“現実の刃”が必要になるのかもしれない」
沈黙が一瞬、二人を包んだ後。
マクファーソンは、静かに右手を差し出した。
「我々は“幻想を壊す”ために来たんじゃない。
“壊させない”ためにここにいるんです」
紫はその手を一瞥し、そして――握り返した。
【章末:月面通信ログ】
■通信ログ:月面対地連絡 第47号
送信者:綿月依姫
受信者:月の都・評議会
「幻想郷にて、多国籍軍およびPMCの動向を観察中。
結論は未定だが、彼らは“壊す者”ではなく“変える者”かもしれない。
私たちはもはや、ただ傍観するだけではいられない。交渉の時が来た」
NASA通信記録・JAXA・航空宇宙自衛隊【宇宙作戦群・宇宙戦略軍ログ