【守るべきもののために】
その日は朝から、幻想郷駐屯地の空気がいつになく引き締まっていた。
休日明けの静けさを破るように、整然と並ぶ郷土防衛隊の隊員たちの前に、陸上自衛隊の制服を着たひときわ凛とした男が立った。
「これより! 災害派遣及び避難誘導・検問訓練を行う!」
山森一佐。その言葉には、東日本大震災や熊本地震などを経験した実戦の重みがあった。
「皆も分かっているように、我が国――いや、この幻想郷とて例外ではない。」
一佐はホワイトボードを示しながら続けた。
「日本列島は、太平洋プレート・フィリピン海プレート・オホーツクプレートがぶつかる世界でも有数の地震地帯だ。そして、**1995年の阪神淡路、2011年の東日本、2016年の熊本、2024年の能登半島――**いずれも尊い命が多く奪われた。」
「加えて、大雨による土砂災害、火山噴火のリスク。これらは、**幻想郷でも起こり得る。**そして、その時――最初に現場に駆けつけるのが、我々だ!」
霊夢は、訓練服の帽子を押さえながら、小さく頷く。
「なるほどね……災害って、妖怪の暴走だけじゃないってことか。」
「そーそー。天人が“退屈だから神社を壊した”とか、正邪が“たまたま暴れた”とか、そういうのと違って予測できないしな」
魔理沙の苦笑交じりの言葉に、霊夢は視線を遠くへ向けた。
その視線の先には――将校服姿で腕を組む比那名居天子と、機動隊装備で無言のまま装備点検をする鬼人正邪の姿があった。
「……でも、ああいう連中にすら“ルールの中で備える”ようになったって、なんだか面白いわね」
【災害派遣デモンストレーション】
「訓練開始!」
山森一佐の号令と共に、陸自の演習部隊が動いた。
まず、震度7の大地震が発生し、市街地が崩壊したという想定。瓦礫に見立てた建材が積まれた模擬市街地に、迷彩服の自衛官たちが走り込む。
「第1班、捜索開始! 第2班、応急処置にあたれ!」
要救助者に扮した隊員を担架に乗せ、的確に搬送する。**瓦礫撤去班がチェーンソーとバールで突破口を作る横で、通信班がドローンを展開。**状況のライブ映像が指揮所に送られていく。
「警察・消防と連携し、迂回路の誘導を行う!」
放送車両のスピーカーが響き、誘導標識が展開され、検問所と避難所の設営が一瞬で進んでいく様は、まさに「訓練」というより「戦場対応」だった。
【霊夢たちの番】
そして、霊夢たち郷土防衛隊訓練班の出番がやってきた。
アリスが通信役、早苗が救護担当、霊夢と魔理沙は検問・誘導係として配置される。比那名居天子は重機運用班、正邪は市街地巡回と不審者役だ。
「……ええと、こちらに怪我人の方はいますか?」
早苗は避難所の受付で、演技とは思えぬ真剣な表情で“要救助者”役の少女に声をかけた。
「検問はこちら! 通行許可証を拝見します!」
霊夢は緊張気味に、詰所前で演技の市民に対応する。そこに、**正邪扮する“不審者”**が現れた。
「通行証? 持ってるわけないだろ! 人が死んでるかもしれないってのに、何やってんだよ!」
「あんた、検問は“命を守るため”にあるのよ。勝手に通すわけにはいかないわ」
霊夢の声は冷静だった。正邪は“ムッ”とした演技を見せつつも、内心、どこか感心していた。
(……へえ。お堅い顔して、意外と筋通すじゃん)
【終了後・総評】
訓練終了の号令が鳴り響き、全員が整列する。山森一佐が、全体に向けて語り始めた。
「……災害時に最も重要なのは、**秩序の維持と人命の保護。**その両立をいかに行うかが、現場の鍵だ」
「今日の訓練で、それを体感できた者もいるだろう。もしもが起きた時、我々が迷えば、その一瞬が命取りになる。だからこそ、“備える”。それが我々の責任だ」
霊夢は静かに呟いた。
「……確かに、妖怪退治とは違うけど。人間を守るって、こういうことなんだなって、少しだけ分かった気がする」
フランドールが横で頷いた。
「私……火事とか地震って、よく分からなかったけど。怖かった。でも、こうして“何かできる”って思えたのは、ちょっと嬉しいかも」
天子がふっと笑う。
「なるほどね。“力を振るう”ための訓練もいいけど……こういう、“力を抑えるための訓練”も、案外悪くないかも」
紫が空を見上げながら、小さく呟いた。
「幻想郷が“秩序”を持ち始める。それは、とても大きな変化……でも、きっと悪くないわね」
静かな風が吹き抜ける訓練場。
その風は、幻想郷の未来を告げる始まりの風だった。