【冷戦の遺産:覚悟の夜】
【シエラデルタ基地 地下ブリーフィングルーム】
会議室の灯りは落とされ、中央のテーブルには航空機のシルエットと旧機密文書のコピーが並んでいた。
マクファーソン准将は姿勢を正し、正面に座る八雲紫と綿月依姫を交互に見た。
「――あなた方をお呼びしたのは、“あの機体”について私が知っていることを話すためです。本来、これは極秘事項です。しかし……幻想郷に関わるならば、これは“信頼”に関わる話になる」
紫はゆるやかに頷いた。
「聞かせてちょうだい。過去が現在に牙を剥こうとしているなら、知るべきだわ」
マクファーソンは一枚の古い写真を取り出した。
黒い機体――三角形の機影が、衛星写真にわずかに写っていた。
「A-12、YF-12、SR-71ブラックバード……CIAとロッキードが進めた極秘航空偵察機開発計画です。冷戦下、ソ連の核施設や移動ミサイル基地を上空から観測し、核戦争を回避する“唯一の手段”でもありました」
依姫の目が鋭くなる。
「それが、今また“現れた”というの?」
「ええ。そして問題は、オーロラ計画です」
マクファーソンは新しい図面を出す。そこには未完成のシルエット、名称不明の“推定機体”が記されていた。
「『オーロラ』は噂だけの存在でした。スクラムジェット推進、マッハ6超え。米空軍でも把握できず、CIAとDARPA、民間契約企業の“影のネットワーク”が開発したとされている」
紫がつぶやく。
「つまり、“国家”ですら制御できない存在……」
「……あの機体は、国家を超えて情報を追っている。中国やロシアが幻想郷にどんな“興味”を抱いているかを――」
【ゴーストアーミー 情報部 隠密報告】
アレン少佐は壁に張られた暗号文書の画像を指差していた。
「ファントム・リスト……“あの機体”に関する機密文書です。データの一部を復元しました」
紫が目を細める。
「まるで幽霊のような名前ね」
アレンは緊張を含んだ声で言った。
「文章の中で繰り返し出てくるのは――ザリヤの再起動、そして“幻想郷周辺での新たな次元干渉”」
マクファーソンが低く呟いた。
「ロシアがザリヤ……かつての物理転送システムを修復させために“幻想郷を覗く手段”を手に入れた可能性がある」
依姫が口を開く。
「では、あのオーロラは――幻想郷をめぐる“別の意志”を探っていた?」
【博麗神社・夜の境内】
夏の夜風が吹き抜ける境内。鈴虫の音が遠く響く。
霊夢は縁側に座り、隣にいる朝田三佐にそっと言った。
「ねえ……私さ、最近考えるんだ。幻想郷って、もう“幻想”だけじゃ守れないんじゃないかって」
朝田は少し黙ってから、肩の力を抜くように言った。
「……正直、僕もそれは思ってます。だけど、それでも幻想郷が“幻想”であり続けるために、誰かが“現実”を背負わないといけない」
霊夢は目を伏せて笑った。
「私たち……その誰かになっちゃったのかな」
「――たぶん、そうです」
沈黙が二人の間を流れる。
「でも、私は……この場所を守りたい。魔理沙も、みんなも、守るって決めたから」
霊夢の言葉に、朝田は微笑みを返す。
「俺も、あなたがそう言うなら……命を懸けて守る覚悟があります」
やがて霊夢は、小さく頷いた。
「……じゃあ、私も頑張る。あなたと一緒に」
空を見上げると、どこか遠くで、黒い光が軌跡を描いたような気がした。
それは、誰かが幻想郷を見つめる眼差し――
そして、やがて来る戦いの“前触れ”だった。