【冷戦の遺産】
──語られぬ者の眼が、幻想郷を見下ろしている。
【月面通信局・衛星回線:幻想郷−月面観測庁】
空間を越えた特設会議チャネルで、二人の女が向かい合っていた。
八雲紫――幻想郷の境界を操る妖怪賢者。
綿月依姫――月の民にして、兵を率いる戦神。
今、両者は静かに映像越しに視線を交わしていた。
紫は最初に口を開いた。
「あなたも、あの『黒い機体』を見たのね?」
「ええ。極超音速、地球の物。それも月でもない。人間が作った“亡霊のような兵器”」と依姫。
紫は微笑したが、その奥に冷たい眼差しを隠していた。
「それにしても、あれは…まるで私たちの“境界”を測っていたように見えたわ。幻想郷がまだ“隠されている”のか、それとも“解き放たれるべきもの”か……」
依姫はしばらく沈黙した後、答えた。
「人間の技術が“神の領域”に達した証でしょう。あなたが言う“境界”すら、あの機体には意味を持たないのかもしれない。だとすれば――それは警告でもある」
「警告、ね」
紫の笑みがわずかに歪む。「私たちの“安全”という幻想に、もう終止符が打たれるかもしれないってわけ」
「ええ。あれが偵察なら、次は何かを“定める”番よ」依姫の声は静かだった。
【幻想郷・シエラデルタ基地 会議室】
一方、基地の司令室では、マクファーソン准将がホログラフ投影された機体シルエットを前にしていた。
その機体には、公式のコードも、記録もない。あるのは「観測された」という事実だけ。
彼は、静かに口を開く。
マクファーソン「……あれは“オーロラ”だ。少なくとも、我々がそう呼んでいたものに酷似している。公式には“存在しない”が、過去に何度か機影だけは報告されていた」
アレン少佐が訝しげに尋ねた。
「アメリカ軍の管轄外ですか?」
情報将校「おそらく――CIAがバックにいるのでしょう。あれはCIAの機体ですから」
マクファーソンはかつて、イラク北部の某地で不審な機影を見たことを思い出していた。
そのときも制空権は完全にアメリカ側だったはずなのに、謎の機体が誰にも許可を求めずに飛んでいた。
情報将校「もしかすると――幻想郷での中国側やロシア側の意図を探るために飛ばされたのかもしれませんね。いまのアメリカは“表の戦争”よりも、“情報戦”に命を懸けていますから」
彼は一瞬だけ目を閉じ、古い記憶の中で死んだ仲間の顔を思い出す。
「だが、あれが飛ぶということは……」
「世界はもう“現実”すら飛び越え始めているということだ」