【境界に立つもの達】訓練の日々
『境界に立つ者たち』
――博麗神社・裏の縁側
日が沈み、焚き火の音がわずかに揺れている。
霊夢は銃の手入れを終え、静かにひと息ついた。
朝田三佐はその隣に腰を下ろし、鉄製のマグカップにコーヒーを注いだ。
甘くも苦い香りが、冷えた夜気に溶けていく。
「――なあ、霊夢さん」
「……うん?」
「君がここで立ち上がったこと。俺は忘れません」
霊夢はゆっくりと空を仰ぐ。
「私はね、ずっと何も考えないようにしてたの。考えると怖くなるから。
でも……もうそんなこと言ってられない。見たから。知ったから」
「見たから、知ったから……?」
「この幻想郷が壊れるところ。壊されて、取り返しのつかないことになる未来。……あのバンカーの中で、全部わかってしまった」
朝田は黙って頷く。その目には、戦地を見てきた者にだけ宿る重さがあった。
「霊夢さん、私は自衛官です。命令があれば、どこへでも行きます。
だが、ここで私がこうしてるのは――君を信じたからです。
あのとき、君が拳を震わせながらも立ったこと。それがすべてです」
霊夢は目を伏せた。
だが、すぐにその瞳を真っ直ぐに向けて答えた。
「……ありがとう。でもね、朝田さん。私は信じるとか信じないとか、そんなのじゃない。
あなたと一緒に進むって決めたの。どんな未来でも。
だからもう、迷わない」
その言葉に、朝田は静かに敬礼をした。
霊夢は驚いたように見て、笑って、同じように敬礼を返した。
夜の焚き火が、二人の影を優しく揺らした。
――旧・紅魔館司令部跡(特別会談室)
夜の帳が完全に下りた頃、特別な対話が行われていた。
マクファーソン准将と、八雲紫。
冷たくも燃えるような知性を帯びた二人が、静かに向かい合っていた。
「……結局のところ、人はどれだけの現実を受け入れられるか、ですわね」
紫の言葉に、マクファーソンは頷くこともなく、ただ沈黙した。
「あなたの見せた“現実”は……確かに必要だった。けれど――その代償も重い」
「代償があることなど、初めから承知していた。
重要なのは、その代償に意味を見出す意思があるかどうか、それだけです」
「冷たい方ね」
「……世界とは、冷たいものだ。
紫さん、あなたは幻想郷の守人だろう。だが同時に、世界の“歪み”そのものでもある」
紫の目が細くなる。警戒ではなく、興味を示すそれだった。
「では聞くわ。あなたは、霊夢を“兵士”にしたかったの?」
「……いいや。俺が望んだのは、霊夢が“選択できる人間”になることだった。
誰かに守られるだけの神ではなく、自分の意思で守る者になること。
そのために必要だったのが、現実だ」
しばし沈黙。外では風が、木々を揺らしていた。
「……境界を超えた先に待つのは、希望か、破滅か――まだわからないわね」
「それでも、彼女たちは進んでいる。
希望を持てとは言わない。ただ、前へ進んだという“事実”がある。
それだけで、価値はあると俺は思う」
紫は微笑む。その笑みには、かすかな安堵と、計り知れぬ哀しみが滲んでいた。
「……その答えを、見届ける義務が私たちにはあるのかもしれませんわね」