【夜の眼・それぞれの戦い】
星も隠れる曇天の下。
夜の闇が幻想郷の一角を包み込んでいた。
高機動車が土道を慎重に進む。前照灯は戦術モードに切り替えられ、極力周囲への光を抑えていた。
後部座席に乗るのは、犬走椛と鈴仙・優曇華院・イナバ。
二人はこの夜、合同での夜間偵察訓練に参加していた。
「視界、最悪だな……」
椛がギリースーツのフードを整えながらぼやく。
そんな彼女に、隣で装備の調整をしていた鈴仙が静かに語りかける。
「夜間だと、こうしてサーマルスコープやナイトビジョンを使うんですよ。熱源で判別するから、木陰に隠れていてもすぐわかるんです」
彼女の言葉と同時に、椛の手元に渡されたのは軍用サーマルスコープ。
覗き込んだ視界には、茂みに潜む「敵役」の熱源が鮮明に映し出されていた。
「……なるほど。これなら、夜間でも標的が見えるわけですか」
「ええ。だから、視覚に頼らない訓練も大事。私みたいに、月面でも訓練してきた身には、夜の地上は明るい方かも」
冗談めかした鈴仙の言葉に、椛は小さく笑った。
「まだ外の軍事を完璧に把握していない私も、まだまだ甘いわね……」
そう言って再びギアを確認する椛の目は、鋭く、強く――戦う者のものになっていた。
一方その頃、訓練場の射撃線では、フランドール・スカーレットが苦戦していた。
「はあっ……はあっ……! 力加減が難しいよ……!」
彼女の両手に握られているのはM39 EMR(精密自動小銃)。
かつての“暴走”を繰り返さないため、制御と集中が求められる訓練だった。
バン、バン――
銃声は鋭く響くが、その着弾点はバラついている。
後ろで見守っていた自衛官が、静かに声をかけた。
「落ち着いて、フランドールさん。深呼吸して、肩の力を抜いてください。照準は、心の中心です」
フランは一度目を閉じ、深く息を吸い――再び銃を構えた。
その額には汗が浮かび、だがその瞳は真剣そのものだった。
その射撃訓練場の隅で、魔理沙が誰かと話し込んでいた。
NATO軍、ハンガリー部隊の一人――チャロフ少尉。
「自分が軍に入ったのは……やはり、テロから祖国を守りたかったからですね」
彼は静かに、しかし力強くそう言った。
魔理沙は感心したように眉を上げた。
「……やっぱ、テロってのは共通の敵なんだな。
幻想郷だと想像もつかなかったけど、今は……わかる気がするよ」
チャロフ少尉はうなずく。
「あなた方の世界にも、いつか危機が訪れるかもしれない。……でもそのときに備える力があるなら、守れる未来もあるはずです」
その言葉に、魔理沙は小さく笑った。
「へへっ、あたしも、誰かの未来を守れる魔法使いでいたいな」
同じ頃、人間の里では、阿求と村の長老、そして陸上自衛隊の山村三佐が焚き火を囲んで話をしていた。
「……やはり、幻想郷は変わってきています」
そう口にしたのは、阿求だった。
「里の若い者の中には訓練に憧れる者もいます。けれど同時に……怯えている者もいるんです。銃声も、軍服も、幻想郷にそぐわないと」
長老は低くうなりながら、自衛官を見つめた。
「その……自衛官さん。本当に大丈夫かい? こんなもんをこの里に持ち込んで……」
その問いに、山村三佐ははっきりと、しかし丁寧に答えた。
「ご心配には及びません。我々が訓練しているのは、有事の際にあなた方を守るためです。
戦うためではなく、守るため――それが我々の信念です」
その後ろ、闇を切るようにして進むのは陸上自衛隊所属
軽装甲機動車・73式大型トラック。
その無骨な車両が、人間の里の通りを静かに通過していく。
その姿は、幻想郷における“変化”の象徴だった。
そしてその“変化”を、受け入れるか否か――それを問う夜でもあった。