【魂魄妖夢、射撃を開始します】
射撃訓練場――「魂魄妖夢、射撃を開始します!」
「妖夢くん! 次だ! 配置につけ!」
ナイジェル中佐の鋭い声が、乾いた空気に響き渡った。
「は、はいっ!」
少し声が裏返った。だが、妖夢はそのまま素早く前進し、訓練用の遮蔽と標的の間に設けられた射撃位置につく。
その手にあるのは64式小銃。古くとも重厚なその銃に、彼女の小さな両手がぎこちなくもしっかりと添えられていた。
(呼吸を……整える……)
一呼吸。二呼吸。視界にある標的を脳裏に焼き付ける。
「魂魄妖夢、射撃を開始します!」
――パン! パン! パンッ!
連続した発射音。反動に身を引かれながらも、彼女は照準を修正し、次々と標的を撃ち抜いていった。狙いは若干甘い。しかし努力と集中が込められているのは誰の目にも明らかだった。
「妖夢もやるわね」
霊夢が頷くように評価する。
「次は私だぜ!」
魔理沙が不敵に笑い、銃を手にして準備を始めていた。
「頑張ってください、妖夢さん!」
早苗が拍手とともに声をかける。
記録を取っていたのは、アメリカ陸軍・第75レンジャー連隊のアレン少佐。その表情は冷静だが、少しだけ口角が上がっていた。
「……状況を終了します!」
銃を下ろし、敬礼する妖夢に対し、ナイジェル中佐が言葉を返す。
「よくやった! だが……標的を外していた箇所もあったな。まだまだこれからだ。」
一瞬、妖夢の表情が曇る。しかし次の言葉が彼女の背を押した。
「だが見事だった。恐怖にも、動揺にも屈しなかった。その意志こそが、兵士の証だ」
「……ありがとうございます!」
妖夢の返事は、先程よりも少しだけ強くなっていた。
「次は霧雨魔理沙准尉! 準備してくれ!」
「イエッサー!」
魔理沙が叫ぶように応えると、場にまた活気が戻った。
幻想郷の未来を読む視線――紫と幽々子
遠巻きにその様子を見ていた八雲紫は、傍らに立つ幽々子と目を細める。
「少しずつ……形になってきたわね」
「ええ、まるで外の世界の軍隊ごっこね。けど、これはただの“ごっこ”じゃ終わらない」
幽々子は優雅な笑みを浮かべながら、妖夢の背中を見つめていた。
「妖夢は、ずっと“剣”で戦ってきた。でも今は“銃”を手に取ってる。それって、幻想郷の戦い方が変わろうとしてるってことなのよね」
「そう……そしてそれは、幻想郷が“地上の理”を少しずつ受け入れているということ。覚悟と責任――それは、外の世界では当たり前でも、幻想郷では未知の重さだったもの」
「でも、覚悟って意外と早く芽生えるものなのね」
「育つかどうかは、これからよ……」
紫の目は遠く、政治的視座に立っている者のそれだった。幻想郷という閉じた空間が、世界に“見られる存在”になるということ――その意味を、彼女は誰よりも深く理解していた。
朝田三佐――ひとりの自衛官の思い
射撃場の端で、黙って参加者の姿を見つめていた朝田三等陸佐は、小さく息をついた。
(……この訓練が、いつか本当に実を結ぶんだろうか)
幻想郷という異質な世界。妖怪、魔法、そして非論理の存在が当たり前にあるこの地で、現実の軍事訓練が意味を持つのか。
だが――彼は今、確かにそれを信じている自分に気づいていた。
(違うな……信じたい、か)
銃を手にし、命を預け合う訓練を経て、少女たちが“兵士”に近づいていく。
それが本当に正しいのか、彼にもまだわからない。
しかし、彼女たちが「守りたい」と思ったのなら、それに応えるのが自衛官の務めだった。
(霊夢さん、魔理沙さん、妖夢さん、早苗さん……君たちが、未来を変えるかもしれない)
風が吹いた。射撃場には、また次の一発が鳴り響いた。