【火種の輪郭】
幻想郷に吹き込まれた風は、ただの軍事的な風ではなかった。
その風は、陰で蠢く“別の戦争”の匂いをまとっていた。
【NATO軍司令部・地下作戦会議室】
「――我々は共同作戦を行っている。だが、あのPMCクロウチームは、我々の指揮系統に一切従っていない。状況次第では交戦の危険すらある」
ハンガリー軍大佐の口調は、冷たく鋭利だった。
隣で黙っていた陸自の朝田三佐が、口を開く。
「彼らの行動が、幻想郷内の住民の信頼を損ねつつあります。我々自衛官には、彼らから“協力”の一言もなかった。軍規違反にすら映る行為です」
「幻想郷は“戦場”ではない。交戦の回避が最優先のはずだ」
英国陸軍のトーマス・エバンズ中佐も同調する。
しかし、テーブルの端で黙っていたマクファーソン准将は、それを静かに制した。
「……彼らは“戦場の影”だ。命令に従って動いている。ただ、理解を求めるのは……容易ではないかもしれん」
その言葉に、NATO士官たちは険しい顔を向けた。
だが言葉には出せない。あのチームが一度“やる”と決めたことは、必ず“結果”を伴うことを誰もが知っていた。
【博麗神社・境内】
「またか……」
霊夢が苛立ったように天を見上げる。
この一週間で、幻想郷の住民が“黒服の兵士に拘束された”という報告が三件。
そのうち一件は、ただ里の外れで薬草を採っていただけの老婆だった。
「今度は何だ、霊夢?」と魔理沙が訪ねる。
「人間の里の村長が正式に抗議を出すそうよ。自衛隊経由で」
「そりゃまあ……あの不気味な黒い連中は、どう見たって“敵”にしか見えないもんな」
そのとき、遠くから誰かが駆けてきた。
「博麗さま! 紅魔館の前で……銃声です! 黒服の兵士が……何か外国人らしい連中と揉めて……!」
霊夢は、すぐに飛び上がった。
「もう我慢ならない……!」
【紅魔館・正門前】
数時間前から張り込んでいたクロウチームが、一台のハイエースを包囲していた。
車内には、ヒゲ面の男たち。ベラルーシ語を話しながら無線機を手にしている。
「身元は……?」
「ベラルーシの武器商人。顔はEUのテロ対策リストに載っている。数人は元ワグネルの動員兵だった記録がある」
男たちは観光客を装っていたが、車内にはロシア製狙撃銃や毒ガス弾の痕跡があった。
そのとき、銃声。
誤って手を伸ばした一人の男に、クロウの狙撃手が即座にM110狙撃ライフルにて対応した。
「排除完了、標的ダウン――」
だがその現場を、紅美鈴が見ていた。
「……ちょっと! あなたたちは好き勝手なことを!ここは戦場じゃないのよ!」
人払いに現れた咲夜も、憮然とした表情。
「私たちは“幻想郷の流儀”を尊重するように言われたはずよ。
それがアメリカの正規軍の方針ではなかったのですか?」
クロウ指揮官『我々は正規軍ではない』
クロウの兵士たちは無言で回収作業を始めた。
【他国PMC・混乱の兆し】
その夜、幻想郷の“地下間欠センター”にある古い避難壕に、奇妙なグループが潜伏していた。
北朝鮮系と見られる中年男性4人、イラン国籍とされる軍服の男、そして日本語を話す若者。
「なに?革マル派……?」
クロウチームの報告を受けたマクファーソンは眉をひそめた。
「観光客のふりをして侵入。SNS【X】経由で幻想郷内の“反正規軍”住民と接触。何を狙っている……?」
ラミレス大尉は吐き捨てるように言った。
「幻想郷は今、国際工作員と情報戦の交差点です。自衛隊やNATOだけではカバーできない……その事実は認めます。だが、今のクロウチームのやり方では……火に油を注ぎかねません」
【終わりの始まり】
その夜、アレン少佐は部隊日誌にこう記した。
「幻想郷は、光と影の“中間”にある場所だ。
だが、影だけが深くなれば、やがて光はかき消される。
我々は、守る者であると同時に、試されているのだ。」
そして朝日が昇る頃――
博麗神社には人間の里、紅魔館、地霊殿の代表者が集まり、“非正規部隊の完全撤退”を要求する文書を携えていた。
マクファーソン准将はその文書を手に取り、無言で読み――
部下に言った。
「……ホワイトハウスに報告する。そろそろ、“この任務の意味”を、問い直す時かもしれん」