影の爪痕
2025年6月19日
未明の幻想郷。
人間の里の南方、竹林の中にある古びた小屋に、闇の気配が忍び寄っていた。
濃霧の中を進む影。
10名ほどの黒装束の集団。無言で動く彼らの動きには迷いがない。武装も洗練されている——人民解放軍特殊部隊“狼牙”に酷似した装備。彼らの目的は一つ、幻想郷に構築された日米NATOネットワークへの情報工作と攪乱。
その存在を、クロウチームのドローンは既に捉えていた。
【行動開始】
午前02:23
旧都の通信センター前——
「複数の熱源接近中。身元不明、装備はミリタリー規格。識別不能。対応開始。」
指揮官“クロウ・セブン”は無線で簡潔に命令を下した。
「許可番号黒三——局所的交戦を許可する。排除優先。」
3分後、竹林の中に“無音の死”が走った。
サプレッサー付きの.300BLK弾が木々の間を走り、1人、2人と倒れていく。
生き残った敵が叫ぶ。「撤退だッ!」
だが、その叫びも一発の銃声にかき消された。
15分後、残骸となった敵の装備を確認するクロウチームの影。
「中国系。兵装は国家レベル。間違いなく工作員だ。」
「情報収集装置、通信機器、GPSジャマー……幻想郷を“戦域”として想定していた痕跡もある。」
だが——問題はそこからだった。
【誤解と非難】
翌朝、人間の里では「黒装束の兵士が複数の男を無抵抗のまま撃った」という噂が広がっていた。
見た者は少ない。だが、死体が数体、回収された痕跡は残されていた。
しかもその遺体は、意図的に政府や軍が公開せず、すぐに焼却処理されていたという証言まである。
この事態に、幻想郷内のNATO軍、特に正規軍の士官たちは動揺を隠せなかった。
「……またイラクと同じになるのか……?」
アレン少佐は歯噛みしながら呟いた。
【本部司令室】
任務を終えた夜、クロウのレポートを受け取ったマクファーソン准将は、司令部の防音通信室へと入った。
画面の向こうには、白髪の男——ドナルド・J・トランプ大統領が映っていた。
「やぁ…マクファーソンくん。調子はどうだ?」
「報告いたします、大統領。クロウチームが未明、幻想郷内に侵入した中国系の工作員グループを排除しました。迅速かつ正確でしたが……」
「聞いている、聞いているよ。君たちの働きは素晴らしい。まもなく議会にも報告することになるだろう。君の功績次第では……次期陸軍省の高官ポストも夢ではない。」
マクファーソンは少し間をおき、低く言った。
「……大統領。確かに結果は出ています。しかし……CIAの影の部隊を動かすのは、いささかリスクが大きすぎます。」
「なぜだ? 正規軍では対応できなかったんだろう?」
「その通りです。ですが、アレン少佐をはじめ、現地の兵士や幻想郷住民は不安を抱えています。
あの装備、動き、威圧感……まるで人間ではないとすら感じる者もいます。
しかも……将校の一部は、イラク戦争後半での“ファルージャ事件”やPMCによる市民誤爆を思い出している。そうした意見が内部から出始めています。」
トランプは画面越しに腕を組み、静かに答えた。
「……マクファーソン。私は君を信頼している。
そして彼らも、君たちの任務を**裏から支える“黒の守護者”**だ。
国際的に目立たせるわけにはいかん。
彼らが存在を明かすと、それだけで外交問題になりかねん。
だが安心してくれ——私は彼らに誓わせた。あのような事件は、二度と起こさないと。」
「……了解しました、大統領。」
通話が切れたあと、マクファーソンは深く息をついた。
「影は影のまま。だがその影が人々の信頼を蝕むようなら……我々は何のためにここにいるのか……」
【影と光の交差】
事件は表に出ることはなかった。
クロウチームの介入は、あくまで“工作員排除の影の作戦”として、歴史の裏に葬られる。
だがその痕跡は、霊夢や魔理沙、アリス、そして幻想郷の住人たちの心に静かに刻まれていた。
「……人間の世界のやり方ってのは、いつもこんなものなのかい……?」
魔理沙は小声でつぶやいた。
その足元にあったのは、焼かれた痕跡のある中国製の暗視装置の破片だった。
——影は、まだ動いている。