第78章:濃い霧の"黒い影"
2025年:6月15日
夜の幻想郷。博麗神社の遥か北、かつての人間の里と守矢神社を結ぶ未舗装の一本道に、重々しいエンジン音が響いた。
「ブロロロロロロ……」
その音に振り向いたイギリス哨戒部隊の兵士たちは、無言で銃"L-85"に手をかける。前照灯が霧を裂くように突き進み、黒塗りの車列がゆっくりと現れた。
シボレー・サバーバン、フォード・F-150、ジープ・ラングラー、そしてラストには防弾ガラスを備えたフォード・エクスペディション——そのすべてが、正規の軍車両とは異なる“匂い”を纏っていた。
ウォルコフ少佐が双眼鏡を下ろし、呟いた。
「アメリカ【シークレットサービス】……いや、違うな……これは軍用でも、外交でもない。」
その隣で、マクファーソン准将が静かに口を開いた。
「……来たな。Crow Teamだ。」
アレン少佐が眉をひそめた。
「民間軍事会社……?アメリカ政府からの報告には何も——」
「報告などあるわけがないさ。CIAが直接動かす“影の部隊”だ。軍でも政府でもない。国家の手から切り離された、もう一つの“意志”だよ。」
准将の語調には怒りはなかった。ただ静かな諦念と、かすかな不安が滲んでいた。
車列が停止すると、無言のまま降車してきたのは、全身を黒で統一した装備に身を包んだ十数人の兵士たち。国章も、階級章も、部隊章すらもない。ただ、肩に刺繍された銀色の「鴉(Crow)」の意匠だけが、彼らの素性を語っていた。
その中央にいたのは、グレーの髪をオールバックに整えた壮年の男。彼はマクファーソンに歩み寄り、握手すらせずに言った。
「“保護”が必要だと、大統領は判断した。」
「勝手なものだな。どこまでが“幻想郷”の平和で、どこからが“外の正義”なんだ。」
「平和は力によって守られる。そう教えたのは、あなた方だ。」
マクファーソンは目を細めた。
「イラクで何も学んでないのか…ならば聞こう。君たちの“力”は、誰を守り、誰を裁く?」
「“敵”だけを裁く。」
「その“敵”を誰が決める?君か?それとも大統領か?」
男は答えなかった。
数日後、幻想郷国際会議ではこの事案が取り上げられた。
ロシア系部隊の代表としてハルコフ大佐が重々しい声で言う。
「この“クロウチーム”なる者たちは、幻想郷の安定を脅かす可能性を孕んでいる。我々は軍事行動ではなく、対話によって秩序を築こうとしているのだ。」
NATO代表も同調する形で言葉を続けた。
「彼らの存在は、非公式の暴力装置を幻想郷に持ち込むに等しい。我々の哨戒活動とは相容れない。」
それに対し、アメリカの代表団の一人は淡々と述べる。
「大統領命令である以上、これは“国家の判断”です。我々は敵意を持ってここにいるのではない。あくまで“想定外”の事態に備えてのことです。」
その夜。
博麗神社の縁側で、ドイツ軍のオットー中尉が霊夢と語らっていた。
「…霊夢さん、あの黒い部隊のこと、どう思いますか?」
霊夢はあくびをしながら言った。
「面倒が増えるなぁって感じかな。でも……誰かを“守る”って言うのなら、見てから判断する。幻想郷はそういう場所だから。」
オットーはふっと微笑んだ。
「なるほど……見てから、ですか。」
「そう。どんな大義を掲げてたって、幻想郷じゃ“やってること”のほうが重いんだから。」
黒い鴉は静かに幻想郷を巡回していた。
その眼差しが味方か、敵か、それはまだ誰にもわからない。
ただ一つ言えるのは、幻想郷という“特異点”が、また一歩、世界の闇に足を踏み入れたということだけだった。
——続く——