第77章:【自ら選んだ道へ】
【幻想郷・北の仮設哨所跡】
霧が深く立ち込める夕暮れ、仮設哨所に現れたのは、見覚えのある姿だった。
自由ロシア軍所属と見られる部隊。その先頭に立っていたのは、かつて第74歩兵旅団に属していた男――ワシーリ・ディミトリ・ポロコフ少佐だった。
その横にはもう一人。
若く、成長した面差しを浮かべる青年――ミハイル中尉。
そして、ハルコフ大佐の背後にいたウォルコフ少佐が、息を呑んだ。
ウォルコフ「……ワシーリ……?それに、ミハイル……?」
沈黙が流れた。
ウォルコフ「お前たちは2年前にドンバスで……行方不明に。いったいどこにいたんだ?」
その問いに、ディミトリ少佐が重々しく口を開く。
【回想:2年前――2023年9月28日 ドンバス前線・森林地帯】
BPM-97装甲車内
エンジン音が轟き、戦地へ向かう隊員たちの会話が続く。
サシャコフ「次はどこに行くんだろうな」
イワン「さあな……激戦区だろ」
ヤコブスキー「ということは、リマンか?」
ミハイル中尉「わかりません……少佐はどう思いますか?」
ディミトリ(少し遅れて)「……この方向だ、ドンバスだな」
サシャコフ「ドンバスか……ウクライナ軍の攻勢が強まってるって話だぜ」
ボリス「だが勝てるもんかよ。奴らが来たところで――」
バルコフ「ああ、俺たちは熊のように戦う。大義は俺たちにあるさ!」
ミハイル「………」
ディミトリは黙っていた。
彼の中ではすでに「戦争の大義」など失われていた。ブチャで見た、焼け落ちた家、泣き叫ぶ子供、そして上官が笑いながら命じた“粛清”。
ディミトリ(心の声)
「俺は……祖国に失望した。これはただの虐殺だ……自由の名を語る、殺戮だ……」
その時、運転手が前方に何かを見つけ、叫んだ。
運転手「止めろ!」
車両が急停止する。
サシャコフ「なんだこりゃ……」
視界の先に、破壊されたパーンツィリS-1が道路を塞ぐように横たわっていた。
ヤコブスキー「まさか、罠……?」
直後、森林から一斉に現れる自由ロシア軍兵士たち。
兵士「コンタクト!後方より接近!伏せろ!」
騒然となるBPM-97内。
ディミトリ少佐「……待て。俺が行く」
イワン「はあ!?死にに行くのか?」
ディミトリ「ミハイル、ついてこい」
若い中尉は目を丸くしたが、頷いた。
【森林の狭間】
銃を構える兵士たち。
その中に見慣れた顔があった。――自由ロシア軍 中佐 カマロフ。
カマロフ「……ディミトリ?」
ディミトリ「ああ……まさか、こんな所で再会するとはな」
緊張が走る。
ミハイルが銃を構えるが、ディミトリが静かに手を下げさせた。
ディミトリ「君たちに銃を向けるつもりはない」
その言葉を最後に、彼は装甲車へ戻ると、ハッチをそっと開けた。
ディミトリ「さらばだ……同志たちよ」
ポケットから手榴弾を取り出し、車内へ転がす。
兵士「おい!やめろ!!ディミトリ!なにを――」
ドカン――ッ!
爆発が起き、装甲車は内部から吹き飛んだ。
煙の中から、咳き込みながら這い出てくる兵士。
ディミトリはその男の目を見て、そっと引き金を引き……安らかに送った。
その後、カマロフ中佐と堅い握手を交わす。
カマロフ「……ようこそ、“自由”の戦いへ」
【現在・幻想郷】
ディミトリの話に、誰もが言葉を失った。
ウォルコフ少佐は長い沈黙の後、こう呟いた。
ウォルコフ「……地獄のような場所だったろうに……生きて、よく来てくれた」
ミハイル中尉も小さく礼をし、敬礼を返す。
ミハイル「僕も……選びました。少佐と共に、戦うことを」
ハルコフ大佐は一歩近づくと、ディミトリの肩に手を置いた。
ハルコフ「ようこそ……新しい戦場へ。ここはまだ、“守る価値”がある場所だ」
風が吹いた。
それは幻想郷の風であり、彼らを迎える風でもあった。