第10章「兆しと沈黙」
【幻想郷・人里近く】
午後の陽射しが傾き始めた頃、むらさめ型護衛艦
「きりさめ」から派遣された陸上班の数人が、村の人々に支援物資を配っていた。缶詰、医療用品、簡易ソーラーパネル。住民の反応はまちまちだったが、魔理沙と霊夢の口添えもあり、ようやく受け入れられ始めている。
「おい、これ……“乾パン”っていうんだってさ。めっちゃ硬ぇぞコレ」
「うるさいな、食えるだけマシでしょ。外の世界ってやっぱ便利なのねぇ…」
魔理沙が口をもごもごさせながら自衛官の一人に話しかけた。
「アンタら、帰れるのか?」
彼は一瞬黙って、それから空を見た。
「それはまだ、誰にも分かりません。ですが……帰るための手段を、私たちは見つけ出すつもりです」
霊夢が静かに言った。
「幻想郷は、外の世界から隔離された“はず”の世界。でも、それが揺らいでる。あたしたちにも覚悟が必要ってことね」
"戦場では常に覚悟を試される、それは己との戦いでもある"
少女は自衛官たちに、ある種の同志としてのまなざしを向けていた。
【モスクワ・クレムリン 地下防衛会議室】
分厚い防音扉の奥の会議室の長机に、ロシア連邦の権力者たちが集っていた。
冷戦期にアメリカとの戦争に備えて作られたシェルター
なだけあって堅牢な造りと分厚い壁と扉で覆われている
ウラジーミル・プーチン大統領
セルゲイ・ショイグ国防相
ワレリー・ゲラシモフ参謀総長
ラマザン・カディロフチェチェン首長
アレクセイ・ジュラヴリョフ超国家主義派代表(架空人物)
会議の議題は、表向きは「北方戦略と欧州への対応」であったが、実際はそれだけではなかった。
「NATO・西側連中は"裂け目"の調査を開始している。ドイツ、ポーランド、日本……全て“あの事象”に気づき始めている」
プーチンは椅子にもたれながら語る。
「問題は、その裏にある“空間”の正体に誰が最初に触れるかだ」
とゲラシモフが低く言った。
「装置は依然として機能不全。オムスクの設施設備は復旧の目処が立っていない。失敗すれば、また2014年の再来だ」
ショイグの顔には不安が浮かぶ。
カディロフは口元に笑みを浮かべながら言う。
「だが、もし成功すれば? NATOの背後に回りこむことすらできる……異空間からの接近。これは“新たな戦場”の始まりだろう」
沈黙が走る。
プーチンはその空気を切るように、立ち上がって言った。
「まだ時ではない。全ては、幻想郷がどのように反応するかを見てからだ」
会議室の空気は、静かに、だが確実に緊張を帯びていく。
彼らはまだ「オムスク計画」という言葉を明確に口にはしていない。
だが、その核心は――確実に、そこにあった。




